イントロダクション
『Bitter, Sweet & Beautiful』から『ダンサブル』へ
― まずアルバムのざっくりとした感想から言うと、シリアスなコンセプトアルバムだった前作『Bitter, Sweet & Beautiful』(2015年)の強烈な反動でつくられた作品、という印象で。ライムスターはいつも揺り戻しでアルバムをつくってきたグループだとは思うんだけど、特に今回はその傾向が強いのではないかと。
Mummy-D『Bitter, Sweet & Beautiful』がコンセプチュアルで重いイメージのアルバムだったから、次は良い意味で軽いというか、曲調もアッパーにしてあまり重いテーマを扱うのはやめよう、みたいな気分がみんなのなかにあったと思う。そんななかで2015年の年末ぐらいかな? ニューアルバムの最初のミーティングをしたときに宇多さんから「ダンス」ってキーワードが出てきて。俺は「アッパー」「フィジカル」「パーティー」みたいなことだけしかまだ考えてなかったから、そっちでまとめたほうがいいかもしれないと思った。
― トラックも「ダンス」のキーワードにのっとって集めていった?
DJ JINわりとそうだね。テンポが速いものとか、あとはファストラップ的なイケイケなラップチューン。そういう意味での「ダンサブル」もやっていきたいっていう音のイメージは初期のミーティングですでに出ていたと思う。
― 宇多さんは2015年の暮れ、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』に星野源さんがゲスト出演したときに彼の当時リリースされたばかりのアルバム『YELLOW DANCER』のコンセプトにすごく反応していて。今度のライムスターのミーティングでプレゼンしようと思っている次のアルバムの構想があって、それをうまくまとめた言葉が『YELLOW DANCER』だって。
宇多丸それはすごく憶えてる。めちゃくちゃ早い段階でネタバレしてしまったっていうね(笑)。実際、ミーティングのときに『YELLOW DANCER』っていいタイトルだよね、みたいな話はしたと思うな。
― アルバムの収録曲で最初にレコーディングしたのは「梯子酒」だったとか。
宇多丸2016年3月だね。当初は「大宴会」ってタイトルだった。
― そういう曲を最初にレコーディングしているあたりに『Bitter, Sweet & Beautiful』リリース後のみんなの気分がよく出ているなと。
Mummy-Dそもそもなぜ『Bitter, Sweet & Beautiful』がああいう内容のアルバムになったかというと、俺のなかでは『マニフェスト』(2010年)からエモーションを解放していこうというところに興味がいっていて。それまではたとえばライミングなんかにこだわりをもってやってきたんだけど、それが言葉そのものに移ったというか。そこからは俺たちも言葉で評価されるようになったし、ライムスター的に言葉の時代が結構続いていった。アルバムも自ずとトータル性の高いものになっていったしね。ただ、それでちょっと自家中毒になったところもあると俺は思っていて。言葉を届けるんだっていう思いだったり、言葉の重みを大切にするという気持ちはもちろん悪いことではぜんぜんないんだけど、一旦それは置いといてもいいかなって。とにかく、いまはスカッとするものがつくりたかった。今回は、そういうところからアルバムをつくり始めてる。だからなんで最初に「梯子酒」からレコーディングをしたかというと、いきなりアルバムのすべてを担うようなリードシングルからつくり始めるのはちょっとキツいから。もっとどうでもいい曲から始めたかった(笑)。
― 次の展開に向けてのある種のウォーミングアップとしての「梯子酒」だった?
Mummy-Dうん、くだらない曲からつくりたい気分だったからね。そのあとはいろんなプロデューサーからトラックをもらって、アップリフティングなものをチョイスしてレコーディングしていったんだけど、まだ一曲一曲迷いながらつくってるし、アルバムの方向性もぜんぜん固まってなくて。とにかく最初のころはリード曲をつくろうとかアッパーな曲をつくろうって感じで、オールドスクール調にしようとかオーセンティックにしようとか、そういうモードではなかった。ただ、なにをやるにしてもポップすぎるとかそういう制御装置はついてなくて、最近のポップスの潮流を見ていても「これをやらない、あれをやらない」ではなくて「これもやっちゃう、あれもやっちゃう」って感じというか。だからもうアッパーな曲をガンガンつくっていっていいやって思って。歌詞にしても、そんなになくてもいいやってつくり方でどんどんレコーディングしていった。とにかくおもしろくなくちゃ、オープンでなくちゃ、エンターテインメントでなくちゃダメだって感じで一曲一曲つくっていった感じだね。
― それの集積としてのこの『ダンサブル』と。
Mummy-Dうん。だから「スタイル・ウォーズ」とかはアルバムで浮く感じになるかと思っていたぐらい。「しかめっ面はしない」みたいなところでギャップを感じてもらえれば、と思ってひたすらつくっていった。
― で、「梯子酒」の次にレコーディングしたのがその「スタイル・ウォーズ」。完成したアルバムを聴いていると、この曲が今回のアルバムコンセプトを固めていくうえで重要なキーになってる印象を受けます。いっそアルバムタイトルが『スタイル・ウォーズ』でも良かったんじゃないかと思えるぐらい。
宇多丸その案もあったよ。鋭いね。
― 実際に「スタイル・ウォーズ」ができた時点でこれがひとつのポイントになる曲という手応えはあった?
宇多丸それはまだずっとあとじゃないかな? 「スタイル・ウォーズ」はとりあえず『人間交差点2016』の開催(2016年5月)までに間に合わせようみたいな感じで仕上げたから。
Mummy-Dうん、それはぜんぜんない。最終的にどんなタイトルをつけるかはすごく迷ったけどね。別に「スタイル・ウォーズ」でもまとまっただろうし、時間の話が多いから「カミング・スーン」とかでもいいんじゃないかとか、ターンテーブルと時間が行ったり来たりするから「Back & Forth」も有りだろうとか、いろいろあったなかで結局「ダンス」に戻ることになった。
宇多丸「スタイル・ウォーズ」がアルバムタイトルでいけるんじゃないかっていうのは、どちらかというとアホっぽさみたいなところなんだよ。「なにも考えてねえだろって感じが出ていいんじゃね?」みたいな、そういうところ。「抜けがいいじゃん!」とか、そういう感じ。アルバムタイトルを聞いたときに脳細胞を一個も動かさずに済むようなやつがいい、みたいな。「Back & Forth」も最後まで残ったんだんけど、これはやっぱり考えさせることになるし説明も必要だからね。
― なるほど、それでいったら確かに『ダンサブル』が優勝かもしれない。
宇多丸圧倒的に強いよね、『ダンサブル』。そもそも「スタイル・ウォーズ」は、言うまでもなくヒップホップ・ドキュメンタリーの古典のタイトルであり、ヒップホップという文化の原理を端的に表わす慣用表現なわけだけど、このある意味ものすごく大きな言葉で曲をつくれないかってことは前からずっと話していて。そこにワタさん(DJ WATARAI)の強いトラックがきたから、これならタイトル負けしないかなってところでやってみたところもある。間違いなくノリノリではあるから「ダンス」っていう方向とも合ってると思ったし。
DJ JINフィジカルとかダンサブルというところプラス、ライムスターならではのオーセンティックなヒップホップをやれたらいいよねっていう話の流れからできた曲でもあると思う。いまはいろいろなスタイルのヒップホップがあるし、若い世代の勢いに対抗するということでもないけど、俺らにしかできないことをやろう、みたいなね。
― いまJINくんが話していたように、やっぱり「スタイル・ウォーズ」の背景には『フリースタイルダンジョン』に象徴されるMCバトルブームの存在が感じられて。ざっくりとした質問になりますけど、今回のアルバムの制作にあたってMCバトルのブームはなにかしら影響を与えている?
Mummy-DMCバトルを中心にラップが盛り上がって、いろんなタイプのラッパーに脚光が当たるようになったのは本当に良かったよ。でも、そんななかで自分たちはそこにコミットしていないというか。別に寂しいとかそういうことではないんだけど、やっぱり俺たちは相変わらずグレーゾーンだし、自分たちのやるべきことをやっていくしかないんだって思ったりはした。そもそも「スタイル・ウォーズ」のコンセプトはそういうところから出てきたわけだしね。
宇多丸『Bitter, Sweet & Beautiful』の最後に入ってる「マイクロフォン」に「花咲け スタイルとスタイルのウォーズ」ってラインがあるんだけど、その時点でいつか「スタイル・ウォーズ」という曲をやるときのために軽くほのめかしておこう、みたいな感じはあったのね。要は、ヒップホップって当然バトルの精神があるんだ けど、それってMCバトルだけじゃないからさ。作品でもライヴでも、それぞれにいろんな「俺はここにいて、こういうふうに思ってる」という立場を主張する、それがヒップホップの一番本質の部分だから。その意味でもちろん『ダンジョン』の盛り上がりも大いに結構なことで、そういう百花繚乱、群雄割拠みたいな感じがヒップホップのわくわくするところでもあるからさ。それをアルバムのコンセプトのなかでどう落とし込むか。まあ、もっと単純に、かっこいいトラックにかっこいいラップを堂々とする、みたいな、それが結局一番抜けがいいんじゃない?みたいな意図も普通に強かったんだけど。
DJ JINMCバトルの盛り上がりによって、逆に自分たちらしさがあぶり出されたところはあると思う。じゃあ自分たちはなにで勝負しなくちゃいけないのか、改めて自分と向き合わざるを得ないというか。そういうところから「スタイル・ウォーズ」という曲が出てきたんだと思うしね。
― 『Bitter, Sweet & Beautiful』リリース以降のヒップホップの特筆すべき動きとしては、トラップの台頭があって。日本でもその流れを汲むような若いラッパーが出てきているけど、そういう動きが今回のアルバムに与えた影響はある? それこそ「スタイル・ウォーズ」的なアイデアというか、宇多さんが引き合いに出していた横井軍平さん(『ゲーム&ウォッチ』や『ゲームボーイ』を開発した任天堂のゲームクリエイター)の「枯れた技術の水平思考」を推し進めていくひとつの動機になっているところもあるのかなと。
宇多丸あー、それで言えば、最初のミーティングのときに「スピット」ってワードも出てた気がする。今風のダルなラップもいいけど、でもやっぱり俺らが好きなのは、スピットするようなやつだよな、じゃあ今度モロにファストラップやろうぜ!みたいなね。
Mummy-D「スタイル・ウォーズ」はいまの時代のなかで自分たちなりの戦い方を示すならこういうことになる、という曲だからね。これは別に「対トラップ」というわけでもないけど、確かに「スピット」もキーワードとしては挙がっていた。
宇多丸要はやっぱり、フィジカルってことじゃない? フィジカルなラップ表現としてのスピット。
Mummy-Dでも「スタイル・ウォーズ」はあくまで「スタイル・ウォーズ」であって、俺らが別にマンブルラップをするわけでもないし、堂々と古いスタイルでまかり通るっていう。しかも、ポップであることは褒め言葉としか思ってないからさ。
― まさに「マイクロフォン」のDくんの歌詞には「ヤツらがどうしたオレならこうする」ってラインがあったけど、そういうなかでオールドスクールだったりオーセンティックなヒップホップ良さを改めて見つめ直すことになったのかと思って。「ダンス」や「フィジカル」みたいなキーワードとも相性がいいこともあるし、実際にオールドスクール的なトラックやフレーズがすごく目立つアルバムではあるから。
Mummy-Dそうだね。ただ、そんなにオールドスクールをやろうとはしていたわけではないし、たとえば「スタイル・ウォーズ」にしてもあとから生のホーンを足したりしていて。いままでの感覚だったらそのままでもいいんだけど、もっとしっかり派手にしたかった。今回は前だったらこれはちょっと危ないだとか普通になっちゃうとかって理由でやめていたアプローチを、「そのほうが派手だからやっちゃおうぜ!」みたいな感じでどんどん取り入れていって。それは「Future Is Born」もそうだし、「Back & Forth」にしてもそう。これはドラムを生にしたらおもしろいぞと思って。
― そうそう。ドラマーのクレジットが入ってるよね。
Mummy-Dしかもドラムといってもシンプルでヒップホップなやつじゃなくて、もうめちゃくちゃ暴れまくるようなのでやってほしいってお願いした。
宇多丸ジェイ・Zの「Show Me What You Got」(2006年)みたいな乱れ打ち感。今回はトラックのブラッシュアップを結構やってる。前から、そろそろキャリア的にそういうプロセスを経るような楽曲制作を目指す段階なんじゃないか、という話はしてたんだけど、このタイミングでようやくそれが実現したという感じ。
― オールドスクールというところでは、Netflixドラマ『ゲットダウン』(2016年)の影響も感じるかな。宇多さんは去年9月に『ウィークエンド・シャッフル』でその魅力について話していたよね。
宇多丸確かに「Future Is Born」はそうだけど、たとえば「Back & Forth」は別に『ゲットダウン』があったからというわけではないね。もちろん『ゲットダウン』にはすごく感銘を受けて、おもしろいよって話していたのは確かだけど。あのドラマで一番大事なのは、オールドスクールというものを、懐古趣味ではなく、いまの目で見てちゃんとフレッシュなものとして再発見しているってことなんだよね。たとえばあの「ターンテーブルは時間を操るんだ」っていうセリフは素晴らしい表現だと思って。
― 『ゲットダウン』の第2話、グランドマスター・フラッシュが主人公たちに2枚使い(メリーゴーラウンド)を教えるシーンだね。
宇多丸あと『ゲットダウン』を通じて思ったのは、オールドスクールの、マイクとターンテーブルだけで客を沸かすっていう形式は、めちゃくちゃバトルプルーフされた技術なんだよね。もう首根っこつかんで強引に盛り上げる、みたいな。実験と洗練の極みはオールドスクールなんだって話もみんなでしたりして。やっぱりオールドスクール強い!ってことになってさ。ライブにオールドスクールの技術を導入するとすごく強いんだよ。
― 『Bitter, Sweet & Beautiful』の反動でつくられたようなところが大きい一方で、『Bitter, Sweet & Beautiful』と地続きになっている部分ももちろんあると思っていて。それはたとえば、未来について歌っている曲が多いこと。「未来に希望を託すこと」ということは、『Bitter, Sweet & Beautiful』の大きなテーマだった「美しく生きること」と同義、あるいはその先にあるものという気がしていて。ビヨンセが今年のグラミー賞のスピーチで「私が今回のアルバム『Beyonce』(2016年)をつくるにあたって重要視したのは、美を映し出すこと。それが子供たちが成長していく世界が見える鏡になると思ったから」と話していたのを思い出したりしたな。
Mummy-D俺に関してはそこはぜんぜん意識してなくて。希望を歌いたかったっていうのはすごくあるんだけどね。おじさんが苦しみばかり歌ってるとキツいじゃん(笑)。なんでふざけたおじさんがいっぱいいるのかというと、おじさんはふざけてないとかっこ悪いんだよ。おじさんこそやせ我慢でいかないとダメだなってちょっと学んだところがあってさ。
宇多丸まず、ライムスターはそもそも時間をテーマにした曲が多いんだよ。「時が過ぎていく」とか、そういうことをいつも歌ってるから、その意識が先のほうに向かうと、作品によっては未来志向的に響くんだと思う。あと、『Bitter, Sweet & Beautiful』との対比で言えば、前作の「美しく生きよう」っていうテーマを、フィジカルに置き換えると、「ダンスしようぜ」になる、みたいな。そういうイメージは、なんとなくだけど俺はちょっとあったかな。言ってみれば、「楽しく生きることが最大のプロテスト」的な。
― 『Bitter, Sweet & Beautiful』リリース以降の客演曲からアルバムのインスピレーションになったようなものはある?
Mummy-DKIRINJIの「The Great Journey」(2016年)だね。
― 「Diamonds」で再共演しているぐらいだからね。
Mummy-D「The Great Journey」では俺らがKIRINJIの服を着たような感じだったわけだけど、「こんなテーマでも曲できるじゃん!」「ここまでオーバープロダクションしちゃってもぜんぜんおもしろいんだ!」みたいな発見があって。いまはこのぐらいやりすぎちゃってもいいんだよなって確信を得たところはある。
― 客演というか企画物としては、加山雄三さん「旅人よ」のリミックス(2017年)もインパクトあったな。
宇多丸前だったら「これぐらいでやめておこう」ってなっていたところを思いっきりやりきる、ふざけるならふざけるでエクストリームに突き抜けないと、特にいまどきは埋もれちゃうよね、みたいな意識は強まったかな。
Mummy-D若いコたちはおもしろいこと言わなきゃもたないっていうことに気づいてる感じがするよね。
DJ JIN加山さんのリミックスをつくってるとき、俺のほうでミュージシャンを起用したりしていろいろトライしていた過程で、ふたりから「もっとヒップホップ的なムチャなやつにしようぜ!」って提案されて(笑)。その結果として80年代ヒップホップのオマージュ的な要素をガチガチに仕込むことになったんだよね。だから、音楽的には壊していく方向。それで完成したときに、やっぱりこういうの好きだよなって自分自身で思った。たとえば「爆発的」はこれと地続きになっているようなところがあって、あのドラムとファストラップみたいなヒップホップのムチャな部分にはやっぱり強く惹かれるものがあるよね。
― やっぱり「旅人よ」のリミックスは『ダンサブル』の気分が反映されているところがあるんだね。
DJ JIN「爆発的」の最後の爆発音も異常にデカいんだけど、俺しては最初はわりとまとめる方向で考えていたのね。そうしたらDが「いや、もっと!」って言い出して。それでもう少し音量を上げて「こんな感じでどう?」って聞いたら「ちがう。もっともっと!」って。それで一気にぐわーっと上げて再生したらスタジオにドッと笑いが起きて「これでオッケー!」ってなった(笑)。そういうところが大事なんだよね。
― 全10曲41分でインタールードなし、というアルバムのコンパクトな内容もあらかじめ決めていた? これはライムスターのディスコグラフィでは『POP LIFE』(2011年)の全11曲40分と並ぶタイトさになるんだけど。
Mummy-D最初から長くしようとはもちろん思ってないし、昔からベストは10曲で終われるもの、8曲しか入ってなくてもすごいと思わせられるアルバムをつくりたいと思っていたけど、今回はそれが可能な状況だったんだよね。もうこれ以上はいらない、十分足りてます、という。俺がサブスクリプションサービスをすごく使うようになって、ちょっと興味がある人たちのアルバムを聴いてみようかって思ったとき、18曲入っていたりするとやめちゃったりすることもあるんだよ。こっちとしては手っ取り早くその人たちの全容を知りたいわけで、その場合は短いほうがいいわけだからさ。今回のアルバムのリリース前には俺がドラマでお芝居をやっていたり、あと宇多さんの仕事もどんどん大きくなってきているし、「ライムスターって名前は聴いたことあるけどちょっと試聴してみようかな?」って人が多いタイミングだと思ったから、絶対にアルバムはコンパクトにしておかないとダメだなって。うん、確か最初から10曲でまとめようって言っていた記憶があるな。
― ちなみに、ここ最近の話題の新作だとジェイ・Z『4:44』が全10曲36分、カルヴィン・ハリス『Funk Wav Bounces Vol. 1』が全10曲37分。Dくんはサブスクに加入してから音楽の聴き方は変わった?
Mummy-D変わったよ!
― アルバムのトータルプロデューサーとして、刺激を受けた作品やアーティストはある?
Mummy-D主にJ-POPだね。J-POPの最新ヒット曲のプレイリスト。ジムでウェイトやるときはEDMやヒップホップがいいんだけど、走るときはJ-POPって決めてる(笑)。
― そういう最新のJ-POPをチェックしていたことは今回のアルバムにどんなかたちで活かされている?
Mummy-Dここまで突き抜けられているかどうかのチェック、かな。あとはロックの人たちがどんな言葉を使っているのか、とか。CDをセットして一曲一曲聴いていくのとちがってポンポン勝手に曲が入ってくるから、すごい刺激になる。
― 「Diamonds」なんかにはその成果が表れてるね。
Mummy-Dうん、そうだね。
『ダンサブル』全曲解説
01. スタイル・ウォーズ
Produced by DJ WATARAI
― この曲は完全に『Bitter, Sweet & Beautiful』のエンディング曲「マイクロフォン」と連動していて。「マイクロフォン」の宇多さんのヴァースに「花咲け スタイルとスタイルのウォーズ」というラインがあるほか、Dくんのバースにも「スタイル・ウォーズ」につながっていくフレーズが随所で確認できる。
宇多丸いずれ「スタイル・ウォーズ」って曲をつくりたいっていう程度の未来に向けた布石は置いていたから。で、ようやくそれにふさわしいトラックがやってきたので、じゃあこのタイミングで、と。なにしろワタさんんのトラックが強かったからね。みんな大好きジャングル・ブラザーズの「Because I Got It Like That」(1988年)のリミックスっぽい。
― 「マイクロフォン」のDくんヴァースのライン、「They call me OLD SCHOOL Yes I'm the OLD SCHOOL Out of fashion」や「オレはこうしたがオマエならどうする?」は「スタイル・ウォーズ」の登場、ひいては今回のアルバムの方向性を示唆していたようなところもあると思って。
Mummy-Dそうだね。
宇多丸前の作品のケツが次の作品の頭にくっついてるみたいなことは、映画でも作家的な監督がよくやる手法だからね。『Bitter, Sweet & Beautiful』のエンディングが、「サイレント・ナイト」でしっとり締めくくるんじゃなくて、「マイクロフォン」でやっぱりちょっと抜けの良い方向に解放して終わっているのも、ある意味、『ダンサブル』にもう気持ちが向かっていたというか。
― 宇多さんのヴァース、「なんかイヤな空気 時代の風向きに逆らってもしたい 勝負の続き」「ペンとかマイク持って『まだまだ斬る』」あたりは社会の閉塞感みたいなところで『Bitter, Sweet & Beautiful』の気分が入ってるね。
宇多丸単純に俺はいつでもそういうことを歌っちゃうんだよ。生きていてしょんぼりするときとか、自分を鼓舞してくれるのがヒップホップの強みだからね。そういう曲は毎回つくりたいと思ってるし、ヘッドフォンで聴いていて「心の武装」ができるような曲というか、それを必要としている人はいっぱいいるからさ。強くなった気になれるというか、そういう感じ。つまり、攻撃的なところや、いまの世の中に対して思うことが入ってくるのは、俺の考えるヒップホップのキャッチーなところなんだよ、むしろ。それこそ、パブリック・エネミーの「Fight The Power」(1989年)で歌われているメッセージと自分の立場が完全にシンクロするわけじゃないけど、でもやっぱり、普遍的に鼓舞されるわけじゃん?
― 「スタイル・ウォーズ」=「粋/意気を競う」という意訳もすごくいいよね。たとえばMCバトルブームから弾かれた、疎外感を覚えている若いラッパーたちにとっても勇気づけになるような曲かもしれいないと思った。それはDくんの「武器はオマエのと同じマイクロフォン」「報われぬ才能たちの声と化し 語るかのように歌う理由」などのラインも然りだけど。
Mummy-D「粋/意気を競う」は俺にとっては直訳だよ。俺が考えた「スタイル・ウォーズ」の直訳。「スタイル・ウォーズ」は様式の戦争ってことだけど、要するにどこらへんがどう粋なのか、ディテールの話になっていくと思うんだよ。たとえば、ブレイクダンサーたちがちょっとした脚のかたちにこだわったりするでしょ。こっちからしたら「そんな細かいところまで?」って感じなのに。そういう粋としか言いようがないし、そういうことの戦いなんだっていう俺なりの超訳。なにを争ってるかといったら、それは粋を争ってるってことだと思うからさ。
― うんうん。
Mummy-D「報われぬ才能たち〜」のラインが入ったのは、この曲のレコーディングの直前にKREVAが主催した音楽劇に出演したのね(2016年3月、『最高はひとつじゃない2016 SAKURA』)。そういうところにいくと、すごい才能をもってるのに一般的にはほとんど名前も知られていないような役者さんたちがいっぱいいるわけ。もしかしたらマスから見たら俺らもそうなのかもしれないけど、こういう人たちのために絶対に歌を歌いたいって強烈に思ってさ。こういうことを歌っていきたい、というのは前からそうではあるんだけど。
宇多丸「B-BOYイズム」だってそうだよね。「栄光なき天才たち」って。
― それにしても、プロデュースを務めるワタくん(DJ WATARAI)のビートの安定感は素晴らしい。彼はBACHLOGICと共に『マニフェスト』以降コンスタントに起用し続けている数少ないプロデューサーなんだよね。
Mummy-Dワタさんはまちがいないね。
宇多丸そのふたりは「いきなりクラシック」感があるんだよな。新曲がいきなりビッグチューンになっちゃう感じ。
Mummy-Dあとオーダーメイドができるのもいいね。アルバムのコンセプトを説明したうえでオーダーできる。
DJ JINワタさん自分で言ってたけど、「いろんな若いプロデューサーが出てきてるけどドラムのノリだけは絶対負けないようにしてます!」って。やっぱり、そういうビートの強さや太さがクラシック感につながってる気はする。ワタさんは現場でバリバリDJやってるうえでビートもつくってるからね。
02. Future Is Born feat. mabanua
Produced by mabanua
― Netflixドラマ『ゲットダウン』の影響を特に強く感じる曲。特に宇多さんの一番はもろにドラマの内容に沿ったリリックになってる。
宇多丸でも最初から『ゲットダウン』がありきだったわけではないんだよ。まずはこのいわゆるブギー調なトラックがあって、「Future Is Born」っていうタイトルが思い浮かんで、仮でサビを作ってみて、ヴァースを入れてみて……って、少しずつ正解を探りながら積み上げていった感じ。
― これもアルバムのテーマを伝えてオーダーメイドでつくってもらった曲?
Mummy-Dうん。CHARAさんのアルバムですごくカッコいいプロデュースワークしてたのと、あとOvallを聴いたりしていつかmabanuaとは一緒にやってみたいとは思っていて。彼はポップスもぜんぜんできる人だから、若干ポップになってもかまわないぐらいの勢いで頼んでみた。ジャジーな方向にもいけるからね。すごい気合い入れてやってくれたと思うよ。
宇多丸もう聴いた瞬間に「かっこいい!」ってなって。ただ、一聴してキャッチーなんだけど、同時にやっぱり、ライムスらしい骨太なところも入れたくて。そこで、オールドスクール黎明期の話は大好きで常に考えていたことだったから、ブギー的な曲調がもともと流行っていた時代を考えると、ヒップホップ〜ラップが誕生した時代背景とも完全に一致するし、こういうトラックの上でその歴史を詩的にたどってゆく、みたいのはちょっといいアイデアかもな、と思ったんだよね。それってまさに、俺らにしかできないバランスだと思うし。ただ、それが具体的な作品として現状までのレベルに達するまでにはまだ何段階かあって。あるときDが、ブリッジの例のフレーズをもってきて、それを入れたらばっちりハマったんだよ。
Mummy-Dそのときにアルバムの方向性が決まったんだよ。サビやヴァースじゃなくて、ブリッジが入ったとき。
宇多丸サビとヴァースだけだと、実はちょっと地味な曲なんだよ。そのままでも良かったんだけど、アルバムのなかのダンサブルな曲って感じで、それはちょっともったいない気もしていて。
Mummy-D結果的にオールドスクールのルーティンというか、あのおなじみの言い回しに日本語をあててみたんだけどね。そのときちょうどブルーノ・マーズの「24K Magic」(2016年)が流行っていてさ。あの曲ってめちゃくちゃ大ヒットしたけど、歌詞はほぼオールドスクールラップっぽいルーティンだけでできてるんだよね。こんなのでいいのかよって思ったのと同時に、ラッパーがこういうことできないでどうすんの?っていうのもあって。
― そう、あれってほとんど歌ってないんだよね。
Mummy-Dほとんど煽ってるだけであれだけかっこいいんだからさ。ラッパーがもっとすごいのできなくてどうすんだよって。それで「Throw ya hands in the air」を日本語でできないかなと思って前々から温めていたフレーズをあててみたら途端に曲が活きてきたんだよ。同時期にタキシードのセカンドアルバム『II』(2016年)がリリースされて、「どうやらまだブギーでいいみたいだぞ!」ってなってさ(笑)。
宇多丸まあ、みんなずっと好きなやつではあるからね。
Mummy-Dでもただブギーの流行に乗るんじゃなくて、ちゃんとその当時のヒップホップの情景を歌うことによってもうひとつ深みができたのは大きかったね。
宇多丸うん。誰でもキャッチーだと思えるような曲だけど、でも芯はものすごく骨太っていうね。
― そういえば、JINくんはmabanuaさんのことは昔から知っているみたいで。
DJ JINそう、mabanuaのことは結構前から知っていて。J・ディラ以降のドラマーのデフォルトみたいなものがあると思うんだけど、日本ではそれのはしりぐらいの世代なんじゃないかな。ああいうオフビート的なドラミングもいいんだけど、正統派なリズム感覚ももちろん持ち合わせていて、OvallやOrigami Productions的なジャジーでアンダーグラウンドな雰囲気もありつつ、CHARAさんみたいなアーティストとも仕事してるからさ。サンダーキャット周辺のアメリカ西海岸のジャズ人脈もそうだけど、いまはこういうミュージシャンが多いよね。専門の楽器はあるんだけど、トータルでしっかり自分の音楽がつくれる人が世界的に増えてきてると思う。
― 歌詞としては『ゲットダウン』の第2話に出てくるセリフ、「DJはふたつのターンテーブルを使って時間軸を操ることができる。ひとつはみんながいま踊っている音を流す。もうひとつは次に踊る音を流す。現在と未来だ」とういのが宇多さんのヴァースにうまく落とし込んである。
宇多丸ブレイクビーツの話としてもそうなんだけど、DJって昔の曲を呼び出していまに持ってくるわけで、そもそもタイムマシーンみたいなものなんだよ。それはヒップホップから学んだことで、新しいも古いもないっていうか、すべてが「いま」なんだよね。しかもそれがまた次の音楽をつくり出すんだから、なんて素敵な話なんだよっていう。それがまた、誰からも期待されていない土地の、誰からも期待されていない連中が、自分たちでさえ期待してない奴らが生み出したなにか、なわけだからね。なんてロマンティックなんだ!っていつも思うよ。
― 『ゲットダウン』第1話の最後のパーティーシーンには、グランドマスター・フラッシュのDJプレイを目の当たりにした主人公たちが「ビートは続いていくんだ」とつぶやくセリフがあって。それがあのころといまが地続きであることをほのめかしているようですごくぐっときたシーンだったんだけど、この曲にもそういうロマンを強く感じる。オールド・スクール賛歌はたくさん存在するけど、それをこういうかたちで歌ったケースはめずらしいと思う。
宇多丸歴史をちゃんと歌ったものはあまりないかもしれないね。「君たちがいま踊ってるそのダンスフロアが、まさに未来につながっていくのかもしれないよ」ってことを伝えたかった。
― ヒップホップの啓蒙としても素晴らしいよね。世代や活動のフィールドがちがっていても、それはすべてあのターンテーブルからつながっている未来であって、そのすべてが可能性に満ちているんだっていう。オールドスクールの話をするとどうしても教条的で説教臭くなりがちだけど、これはいま起こってることすべてを肯定している寛容さがあってとてもいいよね。そういう部分では、ちょっと「ガラパゴス」(『Bitter, Sweet & Beautiful』収録)に通ずるところもある曲かと思ったけど。
宇多丸なるほどね。
Mummy-Dでも、俺はこの時点ではまだ『ゲットダウン』を見てなかったんだよ。その代わりにいとうせいこうさんの「噂だけの世紀末」のカヴァーを直前にやっていたから、それでこういう感じに着地したんだと思う。
03. Back & Forth
Produced by ALI-KICK
― 「スタイル・ウォーズ」=「粋を競う」の実践編という印象。オールドスクールな複雑でスピード感のある2MCの掛け合いはライムスターの十八番だよね。これもMCバトルブームのなかにあって自分たちにしかできない技術を見せつけようという意図があった?
宇多丸これはスピットも関係しているんだけど、いまどきの若いラッパーがやってないことってなんだろうというところから始まって、じゃあ「Back & Forh」というタイトルありきで、激しい掛け合いをやろうってことになって。そこにALI-KICKのトラックとの出会いがあって、Dがつくってきたサビをベースに構成して、さらにそこからトラックのブラッシュアップを重ねて、いまのかたちになったって感じかな。
Mummy-Dドラムはまるごと差し替えたんだよ。最初は生じゃなかったからさ。
― この曲を聴いて改めて思ったけど、いまは世界的に見てもヒップホップグループが本当に少なくて。まあ、最近アメリカではミーゴスが大活躍してるけど。
Mummy-Dクルーはたくさんあるんだけどね。グループにしても、別にミーゴスは掛け合いするわけじゃないからな。なんで掛け合いをやらないかというと、ラッパーはみんな「俺が俺が」なところがあるから、ハーモナイズさせることが嫌いなんだよ。基本的にはダサいと思ってる。現代でそれをやってるのって本物のオールドスクールのレジェンドか、オールドスクールから影響を受けたジュラシック5とか俺らぐらいしかいないでしょ。だから和の精神がない(笑)。俺自身の話をすると、今回はリリックを書いているときの気分がいままでとぜんぜんちがう。まず、自分自身の話をあまりしたくない。あと、自分のヴァースで目立ちたいって気もあんまりなくて。ライムスターとして出せたらいいや、ライムスターとして良ければいいや、みたいな気持ちがこれまでに比べてすごく強い。だから混り合っちゃってぜんぜん構わないと思ってる。ほかの曲にもたくさん掛け合いが出てくるけど、それはそういう気分だったからなんだよね。なぜだかはわからないんだけど。
― 確かに、掛け合いもハーモナイズも今回は特に多いかもしれない。
Mummy-D普通のラッパー的なメンタルだとやらないことだからさ。でも、ステージ上で俺らが「演奏」してるのってまさにそういう瞬間だと思っていて。いまはDJすら存在が希薄になってるけど、たとえばラッパーがひとりでステージに出て行ってオケはいつもと同じ音が出ていて、それに乗せてラップしていても合奏度としてはかなり低い。でも俺らはツインMCだから、掛け合いやハーモナイズをやるときは少なくとも生演奏でしょ。さらにそこにターンテーブルが入ってくることによってより演奏になっていくわけだけどね。フェスとかでほかのジャンルのアーティストと一緒になることが多いからこそ思うことなんだけど、いまこの場所で生で起こってるなにかを見せなきゃいけないときにすごく有効だと思った。前回のツアーのときにアカペラで掛け合いやったら結構反応が良かったから、そういうのをもっと出していかないとダメだと思ってつくったところはある。
― ライムスターがフェスに出るときは「ライムススターイズインザハウス」(2002年)が大きな武器になっているし、いまこの演奏が2台のターンテーブルと2本のマイクで行なわれていることを宇多さんが執拗に強調してるよね。
宇多丸最近はもっと説明がくどくなってるよ(笑)。「このレコードの、こういう曲を使ってやってます」って実際に曲を一度聴かせてるからね。「こういう展開があります。はい、覚えた? ここ転調しますね。はい、歌が出てきた!」って。こっちはそれぐらいわかってるでしょって思ってずっとやっていたけど、独自調査の結果、いっぱしのヘッズ風な人にも実はぜんぜん伝わってない、みんなDJという人が本当にはなにをしているのかロクにわかっていなかった、というのが判明したからさ。それに、ちゃんと説明してからのほうが絶対に盛り上がるんだよ!
― 「Back & Forth」について、宇多さんは『ウィークエンド・シャッフル』で「基本中の基本中の基本の、最新技術版というのをやってみた」と話していたけど、その狙いは演奏感をより強調することでもあると。
宇多丸そうだね。『ゲットダウン』の時代じゃないけど、それこそまさに「枯れた技術の水平思考」というか、あるものだけでどこまで最大効果を出せるか、っていうことを突き詰めてみた。いまでこそラッパーはこういうことをやらなくなったけど、マイクでエンターテインするマイク技みたいな、その進化形もきっとあったはずなんだよ。その開発余地がガラリと空いてるということでもあるんじゃないかな? 実際、『ゲットダウン』の劇中でやってるあの掛け合いだって、オールドスクール調ではあるけど、すごくいまっぽい要素も入ったりしてるでしょ。ベースになるラップそのものは、ホントのオールドスクール期よりも、フローからなにから圧倒的に自由度が高くなってるわけだからさ。あのドラマには「この時代にはこんなラップ技術はないから」みたいなのがいっぱい出てくるんだよ(笑)。
― ALI-KICKのビートもオールドスクール的な荒々しさがあっていいね。
Mummy-Dドラムからくる印象じゃないかな。普通じゃ絶対ありえないんだけど、ラップをレコーディングしてから生ドラムに差し替えた。それはやっぱりやってよかったなんだな。
― ステッツアソニックの「Hip Hop Band」(1991年)を彷彿させるドタバタ感がある。
Mummy-Dうんうん。ドラムをお願いしたFUYUは、たぶん最初クエストラヴ(ザ・ルーツ)みたいな方向で考えていたんだと思う。でもそうじゃなくてもっとゴスペル方向のドラム、タム回しがめちゃくちゃ激しい乱れ打ちみたいな感じでお願いしたらすぐに理解して叩いてくれたね。そういうのが絶対上手いと思って頼んだところがあったから。
宇多丸この乱れ打ちドラムが入ることで、掛け合いがより複雑に聴こえるんだよね。やってること自体は実はわりとシンプルなんだけど、めちゃくちゃ複雑なことをやってるように聴こえるっていう。
― 確かに、一度聴いただけでは全体像をつかみにくい感じはある。
宇多丸情報量が多いからね。そこがいいんだけどさ。
DJ JINあのミュートが効いてるよね。ALI-KICKはいままでもずっとトラックをもらっていたんだけど、これで初めて採用になって。かなり感慨深いものがあるんじゃないかな。ALI-KICKは前から好きなプロデューサーだったけど、最近もらっていたトラックがすごく精度が上がっていて。これは今回きっとなんらかのかたちにはなるんじゃないかと思ってた。ちょっとエッジのきいたジャジーなものとか、J・ディラ以降のとんがった感じのものとか、どれもいい感じだったな。
04. 梯子酒
Produced by SONPUB
― ライムスターは「あの瞬間、いいよね」みたいな日常のなにげない情景を切り取って掘り下げて歌にすることが結構多いと思うんだけど、これもそのひとつといえるのでは。宇多さんが以前よりよく提唱している「梯子酒しているときがいちばん楽しい/二軒目に行くときがいちばん楽しい」という話がついに曲になったという。
宇多丸わざわざ提唱するようなことじゃないけどね(笑)。
DJ JIN待望の(笑)。
宇多丸最初タイトルは「大宴会」だったんだけど、もうちょっとテーマを絞ってこういうふうになった感じ。俺が「宴会だけじゃ書きづらいかな」って言ったら、Dが「じゃあいつも宇多さんが言ってる梯子酒は?」ということになって、「それならイケるかも!」って。で、最近Dは毎回フックを5バージョンくらいつくってくるんだけど、そのなかでもいちばん弾けてる「梯子酒、梯子酒〜」のやつを入れてみたら、あまりのアホらしさに(笑)「こういう感じなら改めて酒ソングやるのもやっぱいいね」って思った。ちょうど玉さん(玉袋筋太郎)のスナックがオープンして、「カラオケ付き飲み放題プラン」みたいな、普段からそういう店に行ってないと出てこないフレーズがすらすら出てくるタイミングだったのもよかったし。最後の「喉が渇いたらなに飲むの?」の部分も、いままでだったらナシにしてるかもしれないけど、これは強いからまちがいないって。酒ソングといえばライムスターだったけど、いまはYOUNG HASTLEとか、ホントとてつもないのが出てるからね(笑)。逆にいえば、よっぽどひどい悪ふざけをしてもぜんぜん大丈夫というか。
― Dくんの「つまり酒場(みせ)から酒場(みせ)への今このシーン こそが今宵の幸せのピーク」というラインがこの曲のテーマを言い切ってる。
Mummy-Dホントにそうなんだよね。そのあとだいたい楽しいことなんてないから(笑)。
宇多丸だいたい「あそこで帰っておけばよかった」ってなるもんね。「なんで三軒目行ってるわけ?」みたいなさ。
Mummy-D楽しかったとしても覚えてないんだよ。
宇多丸まぁでもホントに、帰りたくないぐらい楽しいんだよね。
Mummy-Dだって帰っちゃったら梯子の部分がないわけでしょ。梯子が最高なんだから次に行くしかないというジレンマ(笑)。
DJ JIN梯子で終わることはできないから次に行くしかない。
― 「腎の臓に溜め込む尿酸値 いまだけは忘れたい23時」という宇多さんのライン、もううまいことライミングしてる場合じゃないというか早く家に帰ってほしい(笑)。
宇多丸若いときはそういう問題があるとすら思っていなかったからね……。
― この曲自体が二次会のテンションという気もする。
宇多丸曲そのものがね。なるほどね。
Mummy-Dでも「梯子酒、梯子酒〜」をフックにするのは本当に勇気がいってさ。実際、家でサビを書いて翌日に見てみてらダメだこりゃってなって。でも、ある日スタジオでビール飲みながらダメ元でやるだけやってみたらわり評判が良くて。
宇多丸「これでしょ!」って。もっとかっこいいサビのアイデアもあったんだよ。でも、そもそもこのビートに重々しいトピックは乗らないでしょ。
Mummy-Dビートを凌駕しないとね。
― ビートの存在感がすごいからね。
DJ JIN実はSONPUBは挨拶ぐらいしかしたことがないんだけど、彼がエレクトロのDJや曲づくりをしていたころにレコードを買ったりはしてた。相当DJをやってきてるから、現場対応のビートになってるんだよね。パーティーがわかってる人だから、そういう意味でも「梯子酒」はばっちりなんじゃないかな。
Mummy-D基本ベースミュージックだよね。サウンドにユーモアがあるんだよな。俺はディプロが好きなんだけど、あの人がつくる曲はユーモアがあるじゃん。あの感じを日本でできるのはSONPUBぐらいなんじゃない? SIMON「In The Box」(2012年)を聴いたころから興味があったんだよ。
― Dくんはユーモアのあるトラックが好きだよね。それこそ、ちょっと古いけど自分でつくったラッパ我リヤ「ヤバスギルスキル・パート3」(1998年)なんかはその最たる例だと思う。
Mummy-Dうん。ユーモアはファンクネスの一部だと思うからさ。
05. Don't Worry Be Happy
Produced by DJ JIN
― これはJINくんのプロデュースだね。
DJ JINメンバーに対してこういうトラックをつくりたいというアイデアはいろいろと提示していて。で、サウンド・クリーム・ステッパーズとかビバップダンスみたいなキーワードも出ていたから、モカキリ(MOUNTAIN MOCHA KILIMANJARO)に手伝ってもらってジャズダンス的なアプローチを模索していった感じかな。
― 言われてみれば、宇多さんのヴァースに「プロ顔負けのムーヴを連発 さながら一人Sound Cream Ssteppersさ」というラインがある。
宇多丸ホント、いつか本当にサウンド・クリーム・ステッパーズに踊ってもらいたいなぁ。
― モカキリがからんだJINくんのプロデュース曲というと、このあとに出てくる「爆発的」、あとスキマスイッチの「ゴールデンタイムラバー」のリアレンジ(2017年)もそうだよね。
DJ JINその3曲はぜんぶ同じタイミングだね。もともと自分のなかにあるアイデアを、ミュージシャンを起用してつくるという手段が俺のなかで確立されたところがあって。それはやっぱりcro-magnonとコラボしたCro-Magnon-Jinをやったのが大きいんだけど、サンプリングミュージックを飛び越えて曲をつくっていかないと自分の個性を出すという意味でなかなかむずかしくなってきてると思う。自分の音楽的な幅を広げるという点で、自分の頭のなかにあるアイデアをバンドを使ってどうやってレコーディングすればつくれるか、ひとつのやり方を確立できたんじゃないかな。いまはフルでミュージシャンを使っていろいろと試させてもらえるような環境だし、なかなかそういうことをできる人もいないからね。
― よく宇多さんとDくんが「JINがつくるトラックは「キメ」が多くてそれに合わせてリリックを書くのがめんどくさい」って話してるでしょ。
Mummy-Dそう、めんどくさいんだよ(笑)。
― これはその決定版みたいな曲なんじゃないかなって。
DJ JINハハハハハ! まあ、そうかもしれないね。
宇多丸もうヴァースの間中、「キメ」がくるからね。
Mummy-Dでも、今回のアルバムでいちばんサクッとできた曲なんだよ。いきなりスウィングジャズになるでしょ? そこがおもしろいと思ったから、最初はジャジーなイメージで「Watch Your Step」みたいなことを言ってたのかな。それからいろいろとタイトルを考えていたんだけど、やっぱりあの半音ずつ下がっていくサビがすごくむずかしいことになっていて、そこが片付かないとどうしようもなくて。それでフレーズが先に浮かんできて、勝手にサビからつくっちゃったんだけどね。あのサビが唐突にくる感じから、一寸先はなにが起こるかわからないぞっていう短編の物語が何個かあったらおもしろいと思っんだよね。「ちょっとがっくりきたけどまあいいや、がんばろう」みたいな、缶コーヒーのコマーシャルっぽい感じ。ストーリー物は最近あんまりやってなかったんだけどね。
― サビの「Wop bop a loo bop lop bam boom!」「甘くてジューシー Like トゥッティ・フルッティ」みたいな気分がハマる感じというか。
Mummy-Dそうそう。ビバップみたいなところからきたのかな。意味のない瞬間をつくるのが苦手なこともあって、そういうフレーズを意識して入れていったようなところはある。こういうのじゃないと乗り切れないサビだったからさ(笑)。
― ヴァースは共にストーリー物で、対女性に関する失敗談ということで一致してる。
宇多丸俺のヴァースは、大学一年のころ本当にダンスフロアで踊ってるときに起きた実話なんだよ。ちょっとダンス感も入れたいなと思ってさ。
― 詳しく聞きたいな(笑)。
宇多丸いや、ホントにこの通りの話。ちょっとちがうのは、平日のわりと空いてるクラブのフロアで踊りまくってたら、先輩に「あの女の子がお前と話したいって言ってるからこっちに来い」って呼ばれて、ウキウキしながら寄っていったら、「あ、やっぱりいいや」って言われたっていう、俺の定番エピソードですね(笑)。まあ、最近はストーリー物やってなかったし、16小節でサクッと落とすのは結構スキルのいることだから、トライしてみてもおもしろいんじゃないかと思って。あとは、ちょっとクラシカルな音色のトラックだから、ロボット声でフューチャー感を出してみたり。
Mummy-D俺はぜんぜんフィクションなんだけどね。とにかくかっこ悪い話をしようと思って。
宇多丸かっこよく始まってかっこ悪く終わろう、みたいな話はしてたよね。まさかこんな結末が待っているとは、という。俺のヴァースとか、最後の一行ですべてが変わるからさ。
Mummy-Dこの落差をどう活かすかっていう。その一点から考えていった感じだね。
06. ゆれろ
Produced by LIBRO
― 曲のテーマとトラックのノリが緊密な関係にあるような印象がある。トラックにインスパイアされたリリック?
宇多丸サビの「ゆれろ ゆれろ〜」ってフレーズをDが入れてきて、そこから広げていった感じかな。まず、フェスのときとか、縦ノリだと乗せやすいんだけど、ここらでちょっと横ノリ指南、みたいな感じをちょっと入れてみようと思って。で、歌詞を入れていくうちに、サビにも景色が開けているなかでやってるようなイメージをさらに入れてみたりさ。だからサビからの連想ゲームでこうなっていったんだと思う。
― じゃあ宇多さんの「とかく縦ノリ好きなお国柄ってみんな信じ込みすぎ」のラインに象徴されるコンサート/フェスでの楽しみ方についての問題提起みたいなところはあとからついてきた感じ?
Mummy-Dぜんぜんあとからだね。コンセプトありきじゃなくて、とにかくビートが揺れてるというかうねりがすごいから、なんとなく出てきたんだよ。なんか手を振ってる感じだなって。
宇多丸いまの自分より大きいもの……踊るっていうのは、自分より大きいものに身を委ねるってことなのかなって。なんで踊るんだろうって考えると、自分が頭で考えていることとは別の、最初からなにか仕組まれているものなんじゃないかと思ってさ。大きいものに身を委ねなさい、っていうその感じって、ライヴの絵面的にも合うと思うし、ちょっとスケールの大きい話にしていくのもいいかなって。
― Dくんのラインに「まるで初めて恋を患う乙女心のように 終電で寝過ごす酔っ払いのように右に左に 前に後ろに ゆれろ ゆれろ 波に漂うように ワカメのように ヒジキのように 利尻 羅臼 日高昆布のように 力抜いていいダシ出していこうぜ Like this!」というのがあるけど、「ゆれる」のメタファーとしてこういうフレーズが出てくるあたりが『ダンサブル』の気分なのかなって。
Mummy-Dいつもの俺らのつくり方だとここらへんで一発メロウなのが入るし候補もあったんだけど、今回はそういうのはやらなかった。その代わりにこういうちょっとアホっぽい曲が入って、かつグルーヴィーであるっていうね。揺れるものはたくさんあるんだけど、一生を通してゆれてるのはたぶん昆布だけだろうから。藻類に関してはちょっと調べてみたんだ。あおさとかもずくとかいろいろあったけど、ちょっとぜんぶは入りきらなかった。
― 「SOMINSAI」(『Bitter, Sweet & Beautiful』収録)の流れを汲んでいるところもあるように感じたかな。
Mummy-Dそうだね、確かに。それは宇多さんのファーストヴァースがあったからだね。
宇多丸Dヴァースの最後に「音頭」が出てきたときはハッとしたな。というのも、ライムスターでいつか音頭をやりたいと思っていて。そういえばそのアイデアあったなって思い出した。
Mummy-D日本古来のダンスミュージックって、ぜんぶスウィングしてるんだよね。
宇多丸ポリリズミックだしね。阿波踊りなんか縦もあれば横もあるし。
Mummy-D最後にできた曲ということもあって、いい感じで楽しんでる雰囲気が出てるよね。
宇多丸歌詞的には本当にただの言葉遊びみたいな感じだからさ。
― プロデューサーにLIBROさんというのは意外な人選だよね。
宇多丸AbemaTVの『THE NIGHT』に鶴亀サウンドで出てもらったとき、LIBROのトラックがすごくかっこよくて。で、いまアルバムつくってるからデモがあれば聴かせてほしいって言ったら、一度には聴ききれないくらいの量が送られてきてさ(笑)。そのなかからDが気に入ったものをピックアップして、まさかの即採用っていう。
DJ JINこの遅いテンポでこのドライヴ感はなかなか出せないよね。跳ねたスウィング感がまた効いてる。
宇多丸あ、あと、これは俺らがあとから勝手に付け足しちゃった要素なんだけど、ヒップホップマニアならわかる仕掛けが入ってるよ。わかる人にはわかるオマージュが捧げられてる。
Mummy-Dそう、最初のドラムがブラック・シープの「Butt...In The Meantime」(1991年)と同じだって宇多さんと話していて。
― うーん、ちょっと思い出せないや。
宇多丸あの名盤の実質的な1曲目だぜ? わかんねえの?
― ………………。
07. 爆発的 feat. サイプレス上野 & HUNGER
Produced by DJ JIN
― 最初は「ドラムエクスプロージョン」という仮タイトルがついていたそうで。
DJ JINアルバムのミーティングをやったとき、ファストラップをやろうというアイデアが出たんだよね。無類のファストラップ好きとしては「それ、俺やりたいな」とバックトラックのアイデアを提案して。それでまたモカキリと一緒にスタジオに入って、ドラムとラップだけでご飯3杯食えるみたいな曲をつくれたらいいよねって話したな。だから本当にドラム勝負みたいな感じ。モカキリにはTiger(岡野諭)という素晴らしいドラマーがいるからばっちりいけるだろうと。実際Tigerのドラムはすごくよくて、エンジニアの人も「スネアとハットが貼りついてる感じがいいですよね」って独特の言い回しで褒めていて。Tigerのドラミング様様だね。
― ライムスターがこういうフリースタイルっぽいマイクリレーをやるのはひさしぶりだよね。
宇多丸そうだね。ゲストは思うままに名前を挙げていくなかで、本当に合いそうなラッパーに声をかけたというか。あとは、ちゃんとがんばってきた奴。がんばってきて、がんばってる奴(笑)がいいよねって話してた。
― 上野くんは最近のフラストレーションをぶちまけるようなラップで。「だったらお前がやってみろ!」なんていうラストワードまで飛び出す(笑)。
宇多丸彼もこのヴァース自体すごく気に入ってるみたいで、自分とこのライヴでもよくやってるんだって。ちなみに歌詞のなかにある「さーせんWalk」は、上ちょとやってる『THE NIGHT』から生まれた造語で、K DUB SHINE考案なんだよ。
― HUNGERくんのもうびくともしない感じもすごい。
宇多丸これ、サビにいかないで曲を締めるから、結構な重責を背負ったパートなんだよね。あとで本人にも、「ひどいムチャぶりですよ!」って言われた(笑)。
― Dくんは「Come On!!!!!!!!」(『マニフェスト』収録)を彷彿させる攻撃的/挑発的な内容で、「失われたこのスキルで斬る 自称ラッパー なんちゃってトラッパー」なんてラインもあるね。
Mummy-Dそうだね。でもいちばん言いたいことというわけではないんだよ。あくまでトラックに呼ばれて出てくる言葉たちというか。「スタイル・ウォーズ」でもあるし、最初のミーティングで出てきたスピットだったり、「Back & Forth」で出てきた「枯れた技術の水平思考」や「ロストテクニック」みたいなタイトルにしてもいいかなって思ってたころだったから、そういうニュアンスも入れてみたりして。
宇多丸バトルライムって、別に本当に怒ってるわけじゃなくて、いかに感じ悪いことを上手い表現で言うかっていう、競技種目みたいなもんだからさ。あくまでスキル合戦だから。
Mummy-Dセルフボーストもそうだよ。それがメッセージというよりは、それをモチーフに16小節やってみようみたいな。いちばん基本的なモチーフだからさ。
宇多丸だから常になにを言ったら感じ悪いかを考えてるから、そのストックを使ってるところもある。「バカが多くて疲れません?」っていうのは、のちに差し替えになった桃井かおりのエーザイのコマーシャルが元ネタ。出だしの部分はYOUちゃん(YOU THE ROCK)とDENくんとやった「リザレクション」(YOU THE ROCKの2009年作『ザ・ロック』収録)のセルフ引用だね。
08. Diamonds feat. KIRINJI
Produced by Horigome Takaki
― KIRINJIとの「The Great Journey」をつくった時点で再共演の構想は浮かんでいた?
Mummy-DもちろんKIRINJIとはもっといっぱい曲をつくりたいと思ったけど、アルバムの制作がちょうど半分ぐらい終わったときぐらいかな? ヒップホップのトラックメイカーもいいけどミュージシャンとからんだほうが新しいものができるかなと思い始めて。世界的な音楽シーンやヒップホップシーンを考えても、ミュージシャンとつくっていくことが当たり前になってきてるからさ。堀込高樹さんの才能を目の当たりにして、これはちょっとまた頼みたいなって。最初はトーキング・ヘッズみたいなニューウェイヴっぽいことができないかって考えていたんだけど、上がってきたトラックがわりとメロウだったんだよ。高樹さんも歌ものっぽすぎたかなって気にしててさ。でもめちゃくちゃかっこよかったから、最初にイメージしていたものとはちがうんだけどもったいないしちょっとトライしてみようってことになって。結果的にはKIRINJI名義のライムスター参加曲のほうがとんがっていて、ライムスター名義のKIRINJI参加曲がわりとメロウっていう逆のバランスになったけど、それはそれでいいかなって。
宇多丸でも、考えてみればそれも当然なんだよね。向こうはエッジーなところがほしいから俺らを呼んだんだろうし、俺らはポップさがほしいから彼らに声をかけたわけだからさ。
― いままでライムスターの作品に出てきたことのないようなメロディだよね。そこには抵抗はなかった?
Mummy-Dいや、これはちょっと尻込みするよ。オケだけ聴いたときは「これはちょっとキラキラすぎるんじゃない?」っていうのは正直あった。でも今回はそういう制御装置を切ってあるから、もういっちゃえいっちゃえって感じで。世界のヒップホップの流れを見ていても、アンビエントなものはちょっと飽きてきて、どポップなやつがやっぱりいいよねって感じになってきた気がして。ライムスターもキャリアを積んできたし、もう攻めちゃっていいんじゃないかと思ってさ。俺は否定をして自分のカラーをつくっていくマイナス型というよりはプラス型というか、これもやっちゃいました、あれもやっちゃいましたっていう、やっちゃってる音楽のほうがおもしろい気がしてる。あれをやらない、これをやらないっていうふうに自分をつくっていくより、歌とか歌っちゃいましたとか、ラッパーとしてはちょっと出してはいけない高さの声を出しちゃいましたとか、あれも取り入れちゃいましたとか、やっちゃったほうがおもしろいなって思って。いい加減年齢も年齢だし、守るものも別にないし、俺らに関してはそういう進化の仕方のほうが正しいんじゃないかと思ってる。「粋なライムといなたいブレイクビーツ」が売りではあるけど、「なので僕たちはそういうのはちょっと」みたいにしちゃうのはつまらないと思ってさ。
― それは世界的にそういう傾向にあるかもしれないね。
Mummy-Dうん、みんなやっちゃってるじゃん。PUNPEEなんかは「やっちゃってる」の極みだと思うんだよね。歌心があるとはいえつかみどころのない歌とかさ、謎のファルセットとかさ、それを「やっちゃえ!」ってやっちゃってるところが彼のおもしろさだから。それをやらないんじゃなくて、やっちゃうほうがおもしろい。ぜんぷを有りにしていく作業だね。これは「Diamonds」で話すべきことなのかわからないけど、最近はそういうことを考えてる。「ブレてない」って言葉が一時期は音楽を褒めるフレーズとして使われていたけど、俺はそこに若干の疑問を感じていて。そのニュアンスは「ゆれろ」にちょっと入ってるけど、ゆれてる人の言葉のほうが良かったりするんだよ。迷いがぜんぜんない人の音楽ももちろんかっこいいんだけど、ゆれてる人の言葉に説得力があることもあったりするからね。ライムスターのキャリアって、いつごろからか自分からあえて揺さぶりをかけて強くしていってるような気がしていて。ブレなきゃいいのかっていうのはずっと疑問だったんだよ。
― リリックは、なにか夢中になれるもの/誇れるものをがあると世界が輝いて見える、というテーマ。これはどういうところから出てきたもの?
宇多丸前から話していたことなんだけど、なにか好きなものがない人生はキツいよね、っていう。レコーディング期途中の飲ミーティングのなかで、『桐島、部活やめるってよ』の話が出てきて……要は、イケてるイケてないみたいな、そういう外部の基準しかないと、いずれ生きてるのが辛くなっちゃうんじゃないかなって。やっぱり、人はどうあれ自分はこれが好きだ、っていうものがないと、本当にこの世の中は救いがないと思っていて。でも実際、特に好きなものがないっていう人も結構いるんだよ。そういう意味では、たとえば音楽が好きっていう時点で、俺らとかはすでにひとつ救われてるんだよな、って話をしていて。で、このトラックでなにを歌うかってなったときに、キラキラした感じだし、心のなかの宝石、みたいな感じでまとめられないかな、と思ってその話が浮上してきたんだよね。
― ここで歌われていることは、この歳になって本当にそう思うようになった。これの大切さを本当の意味で理解できるようになったのは割と最近になってからかもしれない。「暗闇を照らす奇跡」じゃないけど、なんの役にも立たなそうなくだらないことが自分の未来に光を見せてくれたりする。しかも、何歳で輝き出すかわからないという。
宇多丸まさにそういうことで、俺のヴァースはだから、胸に熱いものは秘めてるけどまだ何者でもなかった、十代のころの気分を設定して書いてる。あと、子供がいたりすると余計にね、なにか見つけてほしいって思うだろうね。
Mummy-D俺は完全に子供に当ててるよ。異性に歌ってるように見せかけて子供に歌ってる。自分の子供に限らないけどね。すべての子供たちというか。ただ、このトラックでタイトルが「Diamonds」で歌ってる内容がこういう感じだったりするのは非常に危ういことでもあるからさ、そこはやっぱりサビはKIRINJIじゃないと乗り切れなかった。
― 「光の飛礫抱きしめて キミのそのブリリアンス きらめいて フロアに浮かぶよ」か……素晴らしいね。
Mummy-Dそんなの俺らが言ってたら超気持ち悪いよ(笑)。
宇多丸とにかく、一番のヴァースの主人公が成長して自分の子供に呼びかけてるのが二番のヴァースとも取れるし、一番の主人公の親が二番の語り手なのかもしれないし、そういう時間的な円環構造みたいなのも想像しながら聴いていただければ、より嬉しいなと。
09. カミング・スーン
Produced by SHIMI from BUZZER BEATS & Yota
― アルバムのクロージングトラックとしてつくられたのかわからないけど、「ラストヴァース」(『マニフェスト』収録)をもっと甘くさわやかにした感じというか。
Mummy-D「ラストヴァース」は演歌だからね。このトラックは前からもらっていて、ただちょっとポップすぎるだろって感じだったんだけど、今回はどうせだったらポップにしちゃおうって感じだったから再浮上してきた。
宇多丸「Diamonds」のあとにくると、これがそんなにヤバいほどポップとはまったく思えないよね。つくったのは最後の最後に「ゆれろ」と同時進行ぐらいだったんだけど。
― トラックの清涼感が夏の終わりにリリースされるタイミングにちょうどいい感じがする。アイズレー・ブラザーズの「Summer Breeze」(1974年)みたいな。
DJ JIN結構アコギでキャッチーな感じだけど、SHIMIはヒップホップの現場にずっといるし、そういう音の出し方をよくわかってる男だからね。キャッチーな要素はあるけれども、ヒップホップ的な部分もちゃんとありつつ、というバランス感覚。SHIMIはいつもライムスターのライヴに来てくれるし昔からの仲間のひとりだから、今回こうしてかたちになって本当によかったよね。
宇多丸確かにアイズレー感あるよね。「Harvest for the World」(1976年)感もちょっとあって、それは歌詞にも少し反映させてるかもしれない。
― 宇多さんのヴァースは「そして再び夏は〜」で始まってるしね。
宇多丸季節はめぐる、みたいな話を最後にポジティヴにしたかったんだよね。いいときが去ったとしても、悪いときだってすぐに去る、とかさ。それこそ『フリースタイルダンジョン』でもいいんだけど、日本のヒップホップが迎えた何度目かの夏もいつか終わるだろうけど、それは別に悲しい話じゃないんだ、みたいなメッセージもちょっと入れたかった。
― またこれも未来に希望をつなぐ曲といえるよね。あとこの曲にわかりやすく表れているけど、今回のアルバムではひとつのサブジェクトに対してふたりでまったく違う方向から光を当てているというよりは、わりと同じような位置から書かれたものが多いような気がする。
Mummy-D今回はわりと擦り合わせをいっぱいやったからね。スタジオとかでも。
宇多丸うん。Dが春と冬だから、俺は夏と秋だね、とか。
Mummy-Dだから今回は本当に自分の話をしてないからね。「カミング・スーン」は逆にしてるほうだと思うよ。
宇多丸さよならを明るく歌う、楽しいけどちょっと泣ける、みたいな曲を作りたい、というのは前から言ってて。
Mummy-D「さよなら」と「また会いましょう」が合わさったような曲っていいよねって。「シーズンズ」みたいな季節を歌うアイデアも上がっていたから、3つぐらいのテーマが混ざってできた曲なんだよ。
宇多丸俺らにとっての「シー・ユー・スーン」は、「カミング・スーン」だね、っていう。「また次の作ってくるよ」みたいなさ。これはアルバムのなかでも結構サクサク進んでいったほうかもしれない。
10. マイクの細道
Produced by BACHLOGIC
― テレビ東京系ドラマ『サイタマノラッパー〜マイクの細道』の主題歌ということで、入江悠監督とミーティングしたうえで制作に入ったそうで。
Mummy-Dまずキーワードをいろいろ出してもらった感じだったかな。映画の『SRサイタマノラッパー』に関しては俺らは情報は共有してるから、テレビ版はどういう感じになってるのか、どんな雰囲気が欲しいのかみたいなことを向こうから出してもらって。「旅」とか「あきらめきれない夢へのけじめ」とか。
宇多丸ドラマのオープニングで使うから、1分でサビまでいくという条件もクリアしなくちゃいけなかったりね。
― 「あきらめきれない夢へのけじめ」というテーマもそうだし、曲全体のトーンにしてもそうだけど、やっぱり「ONCE AGAIN」(『マニフェスト』収録)を彷彿させるところがあって。「ONCE AGAIN」が『SRサイタマノラッパー』にインスパイアされたところもあることを踏まえると、その流れを汲んだつくりになるのはすごく合点がいく。
宇多丸そうだね、思い出してみれば。監督は最初「Walk This Way」(2010年)みたいな感じを想定してたみたいだけど。で、BLにトラックを発注したら、ふたつつくってくれて、どっちもやっぱハンパないクオリティで迷ったんだけど、オープニングテーマ感の強さでこっちにしました。
Mummy-DBLはオーダーメイドができる人だからね。キーワードを伝えて、それをぜんぶ汲んでつくってくれた。
― トラックと歌の世界観とのマッチングがもう絶妙すぎるだよな。
Mummy-DそれはもうBLさんの右に出る人はいないでしょ。
宇多丸ヴァースを入れたあとのブラッシュアップもすさまじかったな。
― ただ、「ONCE AGAIN」を彷彿とさせるのはそうなんだけど、曲を聴き終えたあとの後味がぜんぜんちがうと思っていて。それは「栄光まであと5秒」以降のエンディングのせいで、「夢」別名「呪い」が解けなくて永遠に細道をさまよってるようなイメージがある。まさに「兵どもさまよう冥府魔道」というか。
宇多丸実際、ドラマのエンディングが、まさに旅を終えてそれぞれがそれぞれの道に去っていくんだけど、IKKUだけはまだあきらめきれてない感じで、意気揚々としてるんだよな。こいつだけはまだ呪いがかかったまま(笑)っていうエンディングだから、確かにその印象はあるかもしれない。
― 突然ブラックアウトして終わる映画みたいなショッキングさというかね。ちょっとドキッとする感じ。
宇多丸不安にさせる感じか。永久に終わらないカウントダウン(笑)。
― まさにそんな感じだね。複雑な余韻がある。
Mummy-D曲をつくるときはドラマの最終回はすでに決まっていて。IKKUたちが初めてのステージを踏むその直前みたいなイメージで書いたから、自分としては希望しか込めてないんだけどね。でも、不安になる感じだったらそれはそれでもいいかな。
― ミュージックヴィデオも樹海をさまよい歩いてる感じだったから、余計に抜け出せないラビリンスに足を踏み入れてしまったようなイメージが強くなってしまって。
Mummy-D実際ラビリンスではあるからね。
宇多丸そもそも『SRサイタマノラッパー』がそういう話だからさ。「夢」別名「呪い」の話だからね。もちろんそういうニュアンスも入ってくると思う。
Mummy-D歌詞にもちょっと入れたんだけど、正しい選択だけしていたら絶対にこんなことはしていないわけでしょ。若いってなにが素晴らしいって、まちがった選択をしてそのまま突き進んじゃうところがすごいんだって思ってさ。自分たちがヒップホップを選んだときだってそうだし、そんなの正しいか正しくないかだけでいったら絶対的に正しくない。もっと正しい道はあったかもしれないけど、みんな「お、これはイケるかも!」ってまちがいからすべてが始まってるじゃん。人によってはまちがいじゃなくなったりもするんだけど、最初に勝つ見込みのないゲームに勝つ気満々で挑めるかが非常に大事なんだよね。もうこれって若さの特権なんだよ。それがないとヒップホップも生まれていないし、世界中のロックバンドだって生まれていない。映画のなかの話ではあるけど、それをSHO-GUNGの奴らを見ていて感じたというか、ライムスターだって正しい選択をしていたら存在してなかった。それは呪いではあるんだけど、素晴らしいことだと思うね。
― それにしても、BACHLOGICはもうライムスターに欠かせない存在になってきたね。
Mummy-Dそうだね、『マニフェスト』以降は困ったらとりあえずBLに頼んじゃうところはある。
― ライムスターのグループとしての方向性についても意見してくるようなことはある?
Mummy-Dほかのアーティストに対してはすごく厳しいらしいんだけど、俺らには特になにも言ってこないかな。
宇多丸きっと俺らがめんどくせえんだよ(笑)。
Mummy-D一緒に飲みに行ったときに話したら「ライムスターのオケは正直しんどい」って言ってたな。
宇多丸結構ピンポイントで頼んでるからな。それでいまっぽさもありつつ、ちゃんとわびさびもある。常にしっかりキャッチーだしね。フェス会場とか、大きな音で鳴らしたときの差もすごく出るんだよね。彼のトラックは段違いで鳴りがいい。
DJ JINもうプロ中のプロだよね。「マイクの細道」もすごい短い期間でつくって仕上げてくれて。ヴォーカルを録ったあとのブラッシュアップが鬼のようにすごい。
Mummy-D「Walk This Way」のときにオファーしたときは、「これからはヒップホップももっと明るく開けた曲ができるようにならないとダメだと思う」ってBLからメジャーコードな感じの曲を提案してきたんだよね。だからいろいろと考えてくれてるんだと思うよ。