01. Beautiful - Intro

Produced by DJ JIN, SWING-O

──“Beautiful”の一節はインタールードとして“ペインキラー”のあとにも登場するわけだけど、のちのち出てくる曲の断片をイントロやインタールードに使ったのはライムスターのディスコグラフィでもこれが初めての試みだよね。

Mummy-D『ダーティー・サイエンス』で“It's A New Day”のビートが途中ちょろっと出てきたりしたことはあったけどね。意識的にやったのはこれが初めてかな。

──これってコンセプト・アルバムの王道の手法というか、これがトータル性の高いコンセプチュアルなアルバムである、ということをあらかじめ聴く側に強く意識させることになると思うんだけど、アルバムのこの姿はわりと早い段階でイメージできていた?

Mummy-D折り返し地点を越えてからだね。今回はレコーディングを始めて間もないころからラップしてることの統一性がすごくとれてるアルバムになってるとは思っていて。キーワードの〈ビューティフル〉だったり、〈美しさ〉とか〈正しさ〉とか、そういう言葉が何度も何度も曲中に出てくるから。その時点でもうすでにコンセプチュアルではあるんだけど、あえてダメ押しで〈美しさ〉や〈正しさ〉に関することをちゃんと曲にしないと届かないんじゃないかと思ってさ。そこは本当にわかりやすくしないと意外と届かなかったりするからね。でも「同じことばっかりラップしてる!」みたいなことも言われかねないと思って(笑)、それで「やっぱりまとめの曲をつくろう」って宇多さんに提案して。俺のなかで“Beautiful”という曲のなんとなくの音のイメージはあったから、SWING-Oにお願いしてジンと一緒に作業を進めてもらって。そんななかで、そのパーツをアルバムに散りばめるのはどうかなってアイデアがあとから出てきてさ。だから、最初から筋が通っているものにさらに枠を付けたみたいな感じなんだよ。決して始めからこうしようと思っていたわけではなくて。

──よりコンセプト・アルバム的な方向に寄せていったと。

Mummy-Dうん、わかりやすくしたかったというかね。

宇多丸もう曲順まで決まったうえでのことだったからね。

──今回はめずらしくかなり早い段階から曲順が決まってたとか。

Mummy-Dたとえば『ダーティー・サイエンス』のときは制作中に入り口と出口はあらかじめ決まっていたんだけど、それが結果的にすごく良かったんだよ。最初にある程度アルバムの概観が決まってると、あとから喧々諤々しなくてもいいからさ。特に今回は時間をかけてつくってるだけに、いまなにが足りなくてなにが足りてるのか、ちゃんと把握しておかないと怖いから途中で一旦曲を並べてみたりもして。並べ方によって全然印象が変わってくるから、この曲はうしろのほうだとか前のほうだとか、ある程度こんな流れになるんじゃないかってぼんやり置いたうえでメンバーみんなに提案してさ。そうしたらすんなりオッケーが出たから、あとはその設計図に向けて曲をつくっていった感じだね。

02. フットステップス・イン・ザ・ダーク

Produced by PUNPEE

──これまでのライムスターのアルバムにはなかったタイプのオープニングだよね。

Mummy-Dないよね、でも暗いよね。暗い始まり方だよね。

──その新鮮さもあるし、アルバムをつくり始めたころに音楽的なコンセプトとして〈A.O.R.=アダルト・オリエンテッド・ラップ〉みたいなキーワードがあったって言ってたでしょ? そのイメージにしっくりくる感じでもある。

Mummy-DこれはPUNPEEからいちばん最初にもらった5曲入りのデモの最初に入っていた曲で、もういきなり頭に〈This is my beautiful life〉ってフレーズが入っていたんだよ。別にこっちからはなんにも言ってないのにね。

宇多丸そう。コンセプト的なすり合わせをした結果にあのフレーズが入ったわけじゃないんだよ。俺たちが今回のアルバムのテーマとして〈ビューティフル〉云々って話していたら、偶然これが入っていたっていう。

──それは……すごいミラクルだね。

Mummy-Dしかも、今回のアルバムはこういう方向性でタイトルはおそらく〈ビューティフル〉を含んだものになる、みたいな話を今回のプロデューサーのなかで唯一PUNPEEにだけしてなかったのね。たぶん、そういうことをするとよくないタイプだと思ったから……勝手にやらせたほうがいい結果が出るタイプだと思ったから(笑)。で、タイトルが“フットステップス・イン・ザ・ダーク”に決まってラップも入れたあと、PUNPEEが例のフレーズを変えようとしてたんだけど、でも「いや、ちょっと待って。そのままでいいんだ」って俺が止めて。彼が最初にトラックをつくった時点で適当にはめた言葉とか適当につけたタイトルとか、そういうところから俺らも結構影響を受けたりしてるんだよ。

宇多丸プロデューサーがトラックに適当につけていたタイトルが意外とインスピレーションになったりするんだよ。たとえば“Hands”(『POP LIFE』収録)がそうだったからね。恐ろしい事実(笑)。

──あと、アルバムが始まって最初に聞こえてくるラップがPUNPEEだっていうのもある意味ライムスターらしくない(笑)。

Mummy-Dいつかはそういうこともやってみたいと思ってたんだよ(笑)。

宇多丸PUNPEEの言葉の乗せ方ってライムスターにはまったく無いものじゃない? ある意味で真逆っていうかさ。人よっては衝撃の始まり方なんじゃないかな。

──不安を抱えて闇のなかを走っているんだけどまだ一縷の希望はある、的なイメージ。なにか物語の始まりを予感させるという意味では、コンセプト・アルバムのオープニングにうってつけの曲なのかも。

Mummy-D明るいストーリーの映画の冒頭5分だけついてるちょっと暗い部分みたいなね。そういうふうに機能してると理想的かな。

──あらかじめ一曲目にくることは想定していた?

Mummy-Dなんとなくだけどね。疾走感というか、走ってる感、追われてる感があるからさ。

宇多丸これはどう考えても一曲目以外ありえないタイプの曲じゃない? うしろのほうだとちょっとおかしいよ。なぜかこういうのってちゃんとふさわしい場所があるんだよな。

──流れが絶妙すぎて、次の“Still Changing”のイントロダクション的でもあるというか。ちょっとした連作感すらあるような。

Mummy-D“Still Changing”も“フットステップス〜”も両方とも早い段階でできた曲なんだけど、“Still Changing”で〈もうわからぬほどに走り続けてる〉、“フットステップス〜”で〈俺は歩いてる〉ってラップしていて、「また走ったり歩いたりしてるよ俺……」って思ってさ。みんなにも聞いたんだよ、「俺って歩きすぎかな?」って(笑)。レコーディングが始まって間もないころ、なにも見えないなかを走ってるような状況で歌詞を書いていたから、それで走ったり歩いたりしがちなんだけどね。最終的にこれはこれでまあいいかなってなったんだけどさ。

──ここでの〈フットステップス・イン・ザ・ダーク〉とはつまり〈暗中模索〉であると。アイズレー・ブラザーズの同名曲を連想する人も多いと思うんだけどね。

Mummy-Dうん。自分としてはめずらしいほどヴィジュアルから浮かんだんだよね。プレイステーションに『ICO』っていう影を連れて歩いていくような幻想的なゲームがあるんだけど、昔にちょっとやっていたことがあってさ。そんなふうに自分は暗闇のなかを走ってるんだけど、自分の足跡がバーッと音符になっていくみたいな、そんなイメージが浮かんできて。

──まさに実際のリリック通りのイメージだ。

Mummy-Dそう、だから頭のなかではすでにミュージック・ヴィデオができあがってるともいえる(笑)。俺たちも端からするとスポットが当たった正解の道だけを通ってきたように見えるかもしれないけど、こっちは右も左もわからない真っ暗な状態のなかを、合ってるのかもまちがってるのかもわからないまま走り続けてきたんだよ。

──で、Dくんのリリックが主観なのに対して宇多さんは客観というか神視点というか。ある意味アルバムの総括として聴くこともできそうだよね。

宇多丸それはまさにそうで、なぜならこの曲がいちばん最後に入れた歌詞だからです。

Mummy-D「いまあなたは神です!」って状態で書いた歌詞なわけだよね(笑)。これから先に起こることがすべてわかっているんだから。

宇多丸『ダーティー・サイエンス』の“ダーティー”にもそういうニュアンスはあったんだけどね。実は、もっとふつうに暗中模索なことを歌ってるヴァースを最初に入れていたんだよ。でも別にそれもいいんだけど、なんかおもしろくなくてさ。Dがラップしてるようなことを違う言葉で言い換えただけじゃん、みたいな。で、それはそれで残しておいたんだけど、アルバムがコンセプチュアルに仕上がっていくに従って、頭にアルバム全体を暗示するような歌詞が入っていたりするといいんじゃないかって話になって。それぞれの進んでる運命が交差するのかしないのか、みたいなことをせっかく言える状況にあるんだからね。

Mummy-Dここの宇多さんはすごくいいよね。

──アルバムを全部通して聴き終えたあとでここに帰ってくると収録曲のいろんなシーンが甦ってくるようなところがあるし、このヴァースの存在がまたアルバムのコンセプト性を高めてると思って。

宇多丸そうだね。やっぱりそういう試みができるつくり方をしていたっていうのが大きいよね。

03. Still Changing

Produced by BACHLOGIC

──今回はコンセプチュアルなアルバムだけに、リード・トラックがどういう位置に配置されてどういう聞こえになるかが楽しみなところではあったんだけど、“Still Changing”も“人間交差点”も確実に新しい魅力が引き出されているし、アルバムのなかでとても重要な役割を果たしていると思って。“Still Changing”に関しては、“フットステップス・イン・ザ・ダーク”からの流れもあって態度表明的な歌詞が余計に感動的に響いてくる。

Mummy-D“フットステップス〜”がなくて、ただ“Still Changing”で始まるのとでは全然違ってくるよね。でも、結局〈走ってる〉んだか〈歩いてる〉んだかどっちなんだっていう……。

宇多丸そこ、さっきからこだわってるな(笑)。

Mummy-Dなるべく走ってる曲と歩いてる曲が近くにならないようにしようと思ってたんだけどね……結果くっついちゃったっていう(笑)。

──さっき“フットステップス〜”と連作感があるって言ったけど、Dくんと宇多さんの曲のなかでの役割が“フットステップス〜”に似てるんだよね。

宇多丸確かにね。

Mummy-D宇多さんも最初は歩いてたんだけど、最終的に俺に合わせてくれたんだよ(笑)。

──〈ハートにいつも成長痛 感じてまだ全力疾走中〉のラインだね。

宇多丸今回、最初に書いたまま採用になってる歌詞ってほとんど無いんじゃない? ここはDから「もう歩かないでいいからいきなり核心に入ってくれ」って言われて再構成したんだけど、Dがファースト・ヴァースの場合はそこでもうオープニング・シーンの役割を果たしているから、俺がもう一回同じようなことを繰り返すとさっきも言ったようになんかつまらない気がしてくるんだよ。やっぱりシーンの役割が違うってことなんだよね。

──〈何かって言やぁ「らしくない」「正しくない」 と決めつけられてきた 君と同じくらい〉というラインがあるけど、宇多さんは最初のリード曲である“Still Changing”の最初のラインでもういきなりアルバムのテーマに直結するようなことをラップしてるんだよね。そのほかにも〈正しさ〉への言及はアルバムの至るところで執拗に繰り返されていくわけだけど、それが結果的にアルバムのトータル性や統一感を生むことにもなっているし、メッセージを明快かつシャープにしてるところもあるんじゃないかと思って。

宇多丸ケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』じゃないけどさ、アルバム通して聴かないと意味がないって思わせるようなものをつくってもいいよね。特にある程度のキャリアがあるアーティストだったらなおさら。

Mummy-Dそのほうが希望があるよね。

宇多丸だってそうしないとアルバムという形態の意味がないもんね。ただの〈曲集〉になっちゃうからさ。

04. Kids In The Park feat. PUNPEE

Produced by PUNPEE

──曲のテーマはDくんのライン〈コドモにできて オトナにできぬ 訳などないさ ボクらはできる〉に集約されているよね。公園で遊んでる子供たちにだって規律や秩序があって、それをちゃんと尊重しているんだっていう。

Mummy-Dそうだね。まずトラックの話からすると、最初にPUNPEEからもらった5曲入りのトラック集にこの曲は入ってなかったんだよ。彼はもうとにかく気合いが入っていて、最後にもう一曲だけ自信作といえるようなものをつくりたかったみたいでさ。「もうちょっと待ってください、もうちょっと時間をください」ってずっと言っていて。俺らもレコーディングが遅々として進まなかったから全然待つつもりでいたんだけど、もう結構な終盤になってからかな? 3月ぐらいになって「ついにできました!」ってことでこのトラックを送ってきてくれてさ。で、みんなで聴いたら「これはすげえ!」ってことになって。ものすごいポテンシャルを秘めた曲だって話してたんだよ。で、このトラックは最初に俺が聴いたんだけど、初めて聴いたときに「これはPUNPEEが自分名義の作品で使ったほうがいいんじゃないだろうか?」って思って(笑)。だから「これは君の次の代表曲になるトラックだよ」ってPUNPEEに言ったんだよ。「俺らに提供しないほうがいいんじゃないの?」ってね。そうしたら彼が「どうしてもライムスターにやってほしいんです」って言ってきて。でも俺らももうレコーディングのデッドラインがギリギリのところまできてたから、もしかしたら今回は間に合わないかもしれないって伝えたら「どうしても今回のアルバムに入れてください」って言うんだよ(笑)。

──引かなかったんだね、熱い展開!

Mummy-Dだからそこからはもう滑り込みでつくっていったんだけどね。俺らとしても歌ったことのない可愛い感じの曲調だったし、あんまり揉んでる暇もないからさ。それでもうPUNPEEにもスタジオ来てもらってミーティングして、一緒にああでもないこうでもないってやって出てきたサブジェクトがこれ。あのサビのメロはトラックをもらった段階ですでに入っていて、これもPUNPEEがあらかじめトラックに“New Frontier (Kids)”ってタイトルをつけていてさ。子供の声が入ってるだけに、サブジェクト的に〈キッズ〉ってところは外せないとは思っていたんだけど。

──あのサビからインスパイアされてこのテーマに行き着いたと。

Mummy-Dうん。PUNPEEは最初にスプリング・ブレイクみたいなイメージって言っていたんだけど、そこからはだいぶ離れちゃったね。

宇多丸要はハメを外して遊んでる感じというかさ。俺はチャラいサマー・ソングとかでもいいかなって思ったりもしたんだけど。

──子供という縛りがあったなかで、よくここまでアルバムのコンセプトにびしっとハマるサブジェクトに行き着いたよね。

宇多丸“人間交差点”での交差点と同じように公園からそういう話に寄せられると思ったんだよ。交差点の可愛いヴァージョンっていうかさ。公園って学校の校庭と違って大人の干渉がないから何時に帰ろうとこっちの勝手じゃん? ヤバいことをやるのも公園だし、変な物を見つけたりするのも公園。喧嘩になっても学校だったら先生がすっ飛んできちゃうけど、公園だったら子供たちだけで解決するしかないからさ。学年が全然違うコがいたりするのも公園遊びのおもしろさだよね。そう考えていくと、公園って結構クラブに近いところがあると思って。クラブのメタファーとして重ねることもできるんじゃないかな。

──そう、宇多さんのヴァースは子供社会と大人社会とのイメージのダブらせ方が巧妙なんだよ。

宇多丸社会ってどうしても無菌状態にしようとしがちなんだけど、本当は問題がある場にも意味があるんだよね。悪い人がいるような場所にだって意味があるんだよ。

──あと幼児向けのテレビ番組を見ていたりすると、Dくんのヴァースで言ってるようなことをわりと早い段階から徹底的に教え込んでくるんだよね。「これは犬です」とか「これは青色です」みたいなところと同列に〈じゅんばんこ〉とか〈はんぶんこ〉とか〈かわりばんこ〉みたいな規律や秩序の話が出てくる。

宇多丸へー、こういうワードはやっぱりリアルにそういいう番組を見てないと出てこないよね。

Mummy-D子供には小さいころからそういうことを叩き込んでいるのに……という大人社会の欺瞞を暴きたかったんだよね。でも、おもしろいものでふつうに子供のことを歌ってるだけで勝手にシニカルなニュアンスが出てくるんだよ。

──現代社会の閉塞感や不寛容に対する違和感が今回のアルバムのひとつの出発点になっているみたいだけど、その問題提起としてものすごくシンプルでスマートで説得力のあるアプローチだと思う。シリアスなテーマをこうやって軽やかに伝えてるのはかっこいいよね。

Mummy-Dあとここで言っておくと、今回のアルバムはPUNPEEとの戦いでもあったんだ。彼の頭のなかで勝手に音が鳴ってるから、ゲストで入ってほしいなんてこっちからはひと言も言ってないのに、もう最初からヴォーカルが乗ってるんだよ(笑)。PUNPEEにとっては、それも音として絶対に必要なパーツなんだよね。で、それがまた素晴らしいから俺らもそれに対して負けないものを出さないといけないと思うし、PUNPEEのサビが入ってないオケに関しては俺もあいつに負けないアプローチをしないと勝てないなって。そういう戦いはあったかな。そのちょっとピリッとしたところが結果的にうまく作品に作用したと思ってるけどね。

05. ペインキラー

Produced by KREVA

──これが今回の収録曲中で最初に完成した曲になるんだよね。KREVAくんはものすごく近い間柄なのに、ライムスターとしてはなかなかコラボが実現しなかった経緯がある。実はこれまでにもトラックを聞かせてもらったりはしてたとか?

Mummy-Dいや、KREVAにオファーしたのはほぼ初めてだよ。ライムスターとして面と向かってお願いしたのはたぶんこれが初。

──アルバムをつくり始める前、音楽的な方向性のひとつのサンプルとしてKREVAくんの『心臓』が挙がっていたとか。

宇多丸レーベル移籍が決まる前、本当に最初のころだね。さっきも話した〈A.O.R.〉ってフレーズが出てきたタイミングかな? こないだKREVAのライヴを観てやっぱり『心臓』の曲がいいんだよ、みたいな話をした記憶がある。“I Wanna Know You”とか、『心臓』の曲がすごい好きなんだよね。

──A.O.R.の流れから『心臓』が出てきたのはすごく合点がいくな。

宇多丸そう、ああいう質感でクレちゃんに頼むのもアリだよねって。

Mummy-Dで、もらったトラックがどれもすごく良くて。最終的にいままでいちばんやらなそう曲を選んだんだけどね。いちばん甘いやつというか、ポップなやつというか。切なさ成分がいちばん少ないやつ、苦味がいちばん少ないやつって言ったほうがいいかな。

──今回のアルバムの音楽的方向性のサンプルとして他に挙がった作品ってある?

Mummy-Dこれもごく初期にだけど、ジャスティン・ティンバーレークの『The 20/20 Experience』。それは結構音楽的でいいよねってことなんだけどさ。グッド・ミュージックをつくりたい、というか。『ダーティー・サイエンス』のときはいかにノイジーか、いかに音楽的に歪んでるか、そういうことを重視してたから。イージー・リスニングとは言わないけども、ある意味で耳に気持ち良くていいっていう開き直りが最初にあった。ヒップホップはこうでしょ、みたいなのは別にもういいやって気分でもあったな。そういうところは『ダーティー・サイエンス』のときよりも振り切れていたかもしれない。そんなこともあって今回だいぶ音楽的だよね。

宇多丸こうしてアルバムが完成してみると、ちゃんと最初に言っていたバランスで仕上がってる気はするね。最初に言っていた要素が全部入ってるんだよ。それは〈A.O.R.〉もそうだし〈ビューティフル〉もそう。

──この曲では音楽を鎮痛剤にたとえているわけだけど、〈ビューティフル〉をキーワードにつくり始めたアルバムの最初の曲がこういうサブジェクトになったのはちょっと興味深いものがあるな。

宇多丸まず言葉として〈ペインキラー〉ってフレーズが出てきて。ペインキラーって鎮痛剤なのに、ペインって言葉もキラーって言葉も超怖いじゃん!と思ってさ(笑)。「ペインキラー、怖い!」っていうのが最初にあったのかな。それをこういう甘いトラックに乗せて、すごく甘い感じのなかで歌ってるのになんか怖いっていうのもおもしろいと思ってね。

──このトラックにペインキラーという言葉を使いたかった、と。

宇多丸そういうことかな? で、ペインキラーは鎮痛してはくれるんだけど、どうも体には良くなさそうだよなって思ってさ。絶対に良くはないんだけど、その場限りでなにかはしてくれるし気持ちはいいよね、みたいな。ドラッグって言ってしまえばそういうものじゃん。〈正しさだけじゃ生きてけないとわかってんのに 誰に許しを乞うの?〉ってラインがあるけど、これはもしかしたら今回のアルバムの裏テーマになるかもしれないって思ってた。それで次につくった“SOMINSAI”にも〈正しさ〉みたいな話を入れてみたりして。

──Dくんのヴァースには〈だけどすぐに飛びつく あなたにキツく 説かねばならぬ このクスリのリスク ラヴとかピースは劇薬の範疇 レベル、レヴォリューションは媚薬の範疇〉なんてラインがあるけど……まあやっぱりただの音楽賛歌じゃ済まないというか(笑)、さすがの踏み込み具合だなって。

宇多丸厳しいよね、なかなか辛辣。

Mummy-Dミュージシャンがこういうこと言っちゃうとダメなんだけどね(笑)。でも、ヒップホップをやってる以上はここまで踏み込まなくちゃね。音楽はこういう部分も踏まえたうえで楽しんでこそっていうかさ。そう考えるとやっぱりペインキラーは漢方ではないんだよ、ケミカルなんだよね。だから当然ただの音楽賛歌にはならない。少しだけ後ろめたいものが入ってくるというかさ。

──そういう踏み込んだラインとしては、宇多さんの〈シラフで見りゃこの世は暗闇 人の心を毒してく悩み キミが疲れきってしまう前に バチは当たんないさ かじれ甘い実〉も相当きてるよね。途中スクリュー声が入っていたり、ドラッギーな描写があるのも細かいようだけど気が利いてると思ったな。

06. Beautiful - Interlude

Produced by DJ JIN, SWING-O

07. SOMINSAI feat. PUNPEE

Produced by PUNPEE

──タイトルの元ネタは黒石寺蘇民祭、いわゆる裸祭りだよね。“ペインキラー”に続いて二番目にできあがった曲ということだけど、これもやっぱり〈ビューティフル〉をキーワードにつくり始めたアルバムのごく初期につくった曲でなぜこのテーマが、という気はする。

宇多丸この曲は完全にトラックに引っ張られてるね。まずこのヴァイオリン、って言うかフィドルがアイリッシュ・ダンスじゃん? そこから土着的な祭り感みたいなところに辿り着いたのかな。ちょうど『WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜』を観たタイミングで、日本の奇祭の話になったんだと思う。「日本人って土人じゃん!」みたいなさ、日本人の土人性って言えばいいのかな? 外国の人から見たら川崎のかなまら祭りなんかはそういうふうに映るんだろうなって(笑)。でもそれも“Kids In The Park”のアダルト版じゃないけど、やっぱり一年に一回コードを解くみたいなことが必要だってことだよね。自分たちが思ってるほど立派なもんじゃないよっていうかさ。御柱祭だってさ、でっかい丸太を坂から落とす祭りってなんだよ!っていう(笑)。しかも死者や負傷者が出たりするわけだからね。ねぶた祭りなんかでも、見知らぬ男と女が目があったら物陰に隠れて、みたいなことがあったりするっていうからね。「もう祭りっすからねぇ!」ということで、そこは貞操観念もオフになるっていう。

──ちなみに蘇民祭は2006年までは完全に全裸で行われていたらしいんだけど、2007年以降は「宗教行事であっても猥褻物陳列罪が適用され得る」としてふんどしの着用が義務づけられたみたい。

宇多丸でもそこを問題にするのもおかしな話でさ。人権を侵害するようなものに関しては因習だからといっても受け継ぐべきではないと思うけど、裸になって云々っていうのは西洋文明が流入して以降の公序良俗に反するっていうだけで、年がら年中裸で暮らしてるわけではないんだからね。それを規制してしまうのはクラブがダメっていうのに通じるところがあると思う。そんなところまで漂白しようとしたら、そりゃあなんか溜まってきちゃうよね。

Mummy-D最初はあくまで蘇民祭的なことを歌おうって言ってたんだけど、最終的に蘇民祭そのものになっちゃったね(笑)。

宇多丸ズルズルとね。でもさ、酒飲んで裸になっちゃうことなんて現代人でもふつうにあるわけじゃん。やっぱり解放があるんだよ、溜まったものを解放するために脱ぐっていうね。

──これはパーティー・チューンでもあるのかもしれないけど、歌われてる中身に反して聴き触りは意外とクールだよね。静かな狂気がにじんでいるというか。

宇多丸それはPUNPEE効果なのかもしれないね。

──宇多さんヴァースにはまたしても〈正しさ〉への言及があるね。〈正しさだけじゃ生きてけない 人間しょせんはでっかいバイ菌〉と。

宇多丸汚れたりすることも込みでのビューティフル、ということだよね。そこもビューティフルというテーマのなかに含まれてくるでしょ。

──あとはPUNPEEの〈忘れちゃえ 穴兄弟 過去の事 加奈子の事〉ってラインが最高すぎるんだけど……ふたりから見たラッパーとしてのPUNPEEの魅力はどんなところだと思う?

宇多丸クールでありセクシーであり、もう佇まいがアーバンというかね。

Mummy-Dもう音が聞こえてるんだよね。音先行のアプローチというかさ。このフロウにこういう上げ下げがあると気持ちいい、とかね。この曲だと〈さらけだせ今宵 派手に 子も孫もそのひ孫も〉のラインとか、ふつう日本語ではそういう抑揚はつけないじゃん。俺らだったら日本語に合わせたフロウをするところだけど。そういう歪な感じというか、むりくり乗せていく感じがおもしろいよね。

宇多丸なおかつ、肝心なところはちゃんと聴き取れたりするんだよな。そのバランスがいいのかもね。あと、なんか口真似したくなるようなところもあるしさ。

Mummy-Dいろんな声色も持ってるし、とにかくセンスがいいんだよね。

08. モノンクル

Produced by PUNPEE

──多様性みたいなことを扱うのにあたって〈親戚のおじさん〉を切り口にするとはさすがというかなんというか。

宇多丸このトラックもPUNPEEからもらった最初の5曲のデモに入っていて、これは最初に聴いた段階で絶対に使いたいと思ったね。仮で歌サビもすでに入っていたんだけど、絶対に俺らからは出てこないタイプのものだからさ。ちなみに、PUNPEEがつけていた仮タイトルは“Tony Starks”だったんだよ。「イケているおじさんがふざけてる感じですね」って。

──なるほど、ロバート・ダウニーJr.だ。

宇多丸別のアプローチを試みてみたこともあったんだけど、つくってるうちに「子供のころおじさんって好きだったよな」って思って。親戚のおじさんが家に来るとすごいうれしくてさ。それはなぜかというと、親が言わないようなすごい辛辣なこととか、親とは違う大人の視点を持ち込んできてくれたからなんだよね。親がわかってくれないことを理解してくれたり、親だったら指摘しないような意地悪なことを言ったり。ちょっと皮肉っぽかったりさ。でも、きっとそのおじさんも自分の子供に対してはまた違う態度をとるんだろうね。

──わかるわかる。ちょっとテキトーになるというかね。

宇多丸知り合いの家に遊びに行って子供がいると、おもしろおじさんとして振る舞っちゃうんだよね。「おじさん、今日はどんなおもしろい映画を持ってきてくれたのかな?」「君にはそろそろこんなのがいいと思うぞ!」みたいなさ。それって社会に必要な隙間感に通じるところがあると思って。あと言ってしまえば、ライムスターは音楽業界やヒップホップ業界における親戚のおじさんみたいなところがあると思うんだよね。親みたいな責任は決してとらない、でもたまにやってきてはおもしろいことを言う、みたいなさ。

──そのへんは宇多さんのヴァースに2回出てくる〈きみの居場所の風通し 少しだけ良くするオトナの矜持〉ってラインに集約されてるかな、と。タイトルはジャック・タチの『ぼくの伯父さん』からの引用だよね。

宇多丸ジャック・タチであり、北杜夫にも『ぼくのおじさん』って小説があるんだよ。まさに家に居候してるおじさんの話なんだけどね。あと、伊丹十三が出していた雑誌のタイトルが『モノンクル』だったり。伊丹十三はまさにおじさんが持つ幅イズムを提唱したかったんじゃないかな。

──『女たちよ!』なんかはまさにそういう感じがあるのかも。

宇多丸ちなみにおじさんといっても誰でもいいわけではなくて、ガハハおじさん的なのはイヤなんだよ。セクハラするようなおじさんはダメだね。

──友達の家に行って子供がいると、自分の子供には絶対にしないこともガンガンやっていくようなところは確かにあるんだよな。

宇多丸親は当然責任があるからね。親戚のおじさんはそれに比べるとちょっと無責任なんだよ。

──それにしても、PUNPEEがつくった曲はどれもちょっと変わったおもしろいサブジェクトになってるね。

宇多丸トラックが要求してくるバランスがはっきりとあるからね。

Mummy-DPUNPEEの音楽性の幅がそうさせてるんじゃないかな? もともとバンドをやっていた人だし、黒人音楽としてヒップホップを捉えてないというかさ。やっぱり幅があるんだよ。

09. ガラパゴス

Produced by BACHLOGIC

──独自の進化と発展を遂げてきたジャパニーズ・ヒップホップを〈ガラパゴス〉になぞらえていると。〈ガラパゴス化〉という言葉はどちらかというとネガティヴなニュアンスで使われることが多いけど、ここでは勇気の出る言葉として響いてくるのがおもしろい。

Mummy-D卑屈な曲にしたくなかったというのはあるかな。ガラパゴスというタイトルの曲をつくろうってアイデアは前からあって、それこそ『ダーティー・サイエンス』のときにも提案もしたぐらい。ただちょっと危険な言葉ではあるから、どのタイミングで出すかってところだったんだけどね。このオケ自体はBACHLOGICからちょっと前にもらっていて、構造が狂ってたからマッド・サイエンティストなイメージが浮かんできて。おかしな科学みたいな感じというかさ。

──ガラパゴスでマッド・サイエンティストというと……映画の『ドクター・モローの島』みたいな?

宇多丸あぁ、俺もちょっとそれ連想した。孤島で遺伝子組み換え実験をしてるマッド・サイエンティストが半身半獣みたいなモンスターをいっぱいつくっちゃうっていう。

Mummy-D最終的にあんまりネガティヴな感じになってないようなら良かったよ。どちらかというと力強い曲にしたかったから。

──タマフル(TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』)で宇多さんが言っていたけど、これは為末大さんのツイッターでの発言がきっかけになっているんだよね(2014年9月19日に「悲しいかな、どんなに頑張っても日本で生まれ育った人がヒップホップをやるとどこか違和感がある。またアメリカ人が着物を着ても最後の最後は馴染みきれない。私達は幼少期の早い時期にしみ込んだ空気を否定できない」と投稿)。

Mummy-Dそう、前後のツイートを見てみたらそんなにひどい話ではなかったんだけどね。でも、なんかあとからじわじわくるものがあって。なんでよく知りもしないことに言及するんだろう、みたいなさ。もともと日本語ラップが存在していた世代はそんなに頭にこないかもしれないけど、それをアリにしてきた俺らとしてはずっと戦ってきた部分であって、バカにされてきた部分であって。「まだこれかよ……」って思ってさ。でもこんなことはもう二度と歌いたくないから、本当にこれで最後にしたいと思ってつくったんだけどね。トラックが救ってくれたというか、そこがまさに音楽ではあるんだけど、最終的にネガティヴな後味が残らないものができたから、これを歌うことによって憤りが成仏したところはある。

──ガラパゴスというというワードがそういう物言いに対するシンプルで明快な解答になっているよね。

Mummy-Dでもこれは別に為末さんに限ったことではないんだよ。たとえば俺らがニューヨークにレコーディングに行ったとき、ビートナッツもバックワイルドもそうだったけど、彼らは「おまえたちはなにを歌っているんだ?」ってすぐに聞いてくるんだよ。でもさ、そういう人たちから「おまえらがヒップホップやるなんておかしいだろ」なんて一度たりとも言われたことがないんだよ。どちらかというと「そうか、おまえたちも好きなのか」ってぜんぜん受け入れられているのに、なんで全然関係ない連中が「君たちがやるなんて云々」みたいなことを言うんだろうって。現場でふつうに受け入れられているのを見たら、彼らはなんて言うんだろう。

宇多丸根源には無意識の人種差別があると思うけどね、ラップに関しては。「黒人は別モンでしょ」みたいな。他の輸入文化は気にならないのに、というのはそういうことだと思いますよ。

Mummy-D日本人らしくやってるつもりだからさ。自分らしくやってるはずなのに。

宇多丸結局ダブルスタンダードなんだよね。俺たちみたいに独自にやると、「本場のヒップホップはこんなのじゃない」って言い方ができる。逆に、まんま本場っぽくやると、「猿真似じゃないか」って言い方ができる……要は、まったく正反対の論理を都合良く使いわけて、どっちにしても批判に着地するように語ることはできるんだよ、誰でも簡単に。でもそれって、何も言ってないに等しいくらい、安易な批評ごっこにすぎないと思うけどな〜。そういう皆さんに逆に聞いてやりたいですけどね。じゃあ仏教はどうやって日本に定着していったんですか? 僕らの今の暮らしはどうやって成立してきたんですか?って。

──いま言ったようなことは〈なんせはるか太古からの輸入文化大国 ま、どこの国もそんなもんで大部分がおあいこな ごちゃ混ぜの遺伝子併せ持つ異形のキメラ 自分らだけ違うと思ってないか? そこのキミら 「本場もんの完コピ」でも「本場もんとは別もん」でも 「ひとこと言ったった!」気にはなれる稚拙な愚問〉というラインに反映されているわけだけど……本当に〈またそこからですか〉っていう。

宇多丸池上彰さんの『週刊文春』の連載『ニュース、そこからですか!?』は「うまいタイトルつけるなあ」って思っていて。最初に目にしたときは一瞬どういうことなんだろうって思うんだど、あっなるほどって。

──“ウワサの真相”でDくんが〈いわく「日本にはHip Hopは根付かねぇ! 日本人がラップするとはイケスカねぇ! 何の意味がある? この尻軽! 所詮無理がある!」 と不気味がるが オレにゃ意地がある めざすオリジナル〉ってラップしてからもうすぐ15年になるんだけどね。

宇多丸まったく同じことを歌ってる。

Mummy-D残念ながらね(苦笑)。

宇多丸でも、ちゃんとその究極版をつくれたのは良かったよ。純血文化なんてものは基本的に存在しないんだからね。自分のヴァースでチーンって声を入れてるのは仏教を重ねていて。仏教が流入してきた当時すでに、外来文化を入れていいのかって古代神道支持派と揉めたり、ちゃーんとしてるんだよ。

──ライムスターがキャリアをかけて考えてきたことだから、ふたりとも言葉が研ぎ澄まされているというか、もう全編パンチラインだらけだよね。宇多さんのヴァースはほとんどタマフルのオープニングトークで為末さんのツイートについて話したことがラップになっているような痛快さがある。

宇多丸論理的に決定版にしないとなって思ったからさ。最後の締めの部分をどうしようかって考えていたらみんなで「もうこんな話は最後にしたいよな」って話しになって、じゃあそれだ!って。

──Dくんは怒りを剥き出しにしながらもシーンに向いてるところもあるというか、同胞を鼓舞するようなニュアンスもある。

Mummy-Dもっと上に行かなくちゃいけないって話だからね。そんな連中を説得して勝ったところでしょうがないわけで、音楽的に唸らせていかないと意味がないんだよ。

宇多丸あと、この曲はサビが歌サビってところが肝だと思うけどね。サビが粋だからクールダウンしてるように聞こえるところはあると思う。

──そこはちょっとドレイクっぽいとも思った。ヴァースに言葉をガーッと詰め込んで、サビになると浮遊感のある歌っぽいフロウで突き放して空間を生み出すあの感じ。

Mummy-Dヴァースに入ると三連で打ってたり結構エグい音が入ってたりするんだけど、サビになるとぽわーんと空間が生まれるのはいいよね。

──〈たとえNYに弾かれても LAになじられても TYOに裏切られても それがどうした?〉あたりは圧巻だよね。ここで東京を入れてきたかっていう。

Mummy-Dだってそういうことじゃん。いちばんわかってほしい人達にいちばんわかってもらえてないってことだから。

──最初のヴァースでは言葉でやっつけて、最後のヴァースでは言葉に加えてスキルでもやっつけてる。言葉で主張するだけじゃなくて、スキルによって日本語ラップの進化と成熟を証明してるんだよね。

Mummy-D最後のヴァースはもともとつける予定がなかったんだけどね。そもそもオケ自体にこんなビートはついてなかったんだよ。最初は一番二番のヴァースをここに貼り付けて、そのうえに全然違うスウィングレートの言葉を乗せてみて。ちょっと難しい話になっちゃうんだけど、ズレズレになるような感じといえば伝わるかな。そうしたらBACHLOGICがそれにインスパイアされて、まったく別の三番のオケをくっつけてきたんだよ。それを受けてラップもまた変えて……みたいに進めていった感じだね。最近のヒップホップだと後半でまったく展開が変わるとか、そういう曲が多いじゃん? なにが起こるか最後までわからないっていうのがヒップホップの楽しみになってるようなところもあるからさ。あと、変なビートがきたときこそスキルを証明しなくちゃっていう意地もあったから、ちょっとチャレンジングなことをやらないとダメだなって。

──最後の着地の仕方も清々しいよね。最終的に日本のヒップホップ・シーンの応援歌にもなってる。

Mummy-Dでも本当にそうなんだよ。こういう偏見は多分今後も無くならないから、もっと強くならないとダメなんだよ。日本語ラップってグローバルかつガラパゴスじゃなくちゃいけないみたいな、ちょっと難しい命題を抱えてるんだけどさ。

宇多丸本場のヒップホップそのまんまなものと、本場とはまったく違うもの、その両方を避けてやらなくちゃいけないわけで。常に両側であるのに、その両側じゃないものをつくらなくちゃいけないっていうすごく難しい命題があるんだよ。でもバカはそれをジャッジする能力もないから、いちゃもんつけてくる奴は絶対に消えない。一方ではそんなの関係なくリスナーが増えたりしてるじゃん? だから常にこっちは勝負に勝ってるんだけどね。ごちゃごちゃ言う奴はそもそも良い悪いを判断する能力もなかったりするんだから。

Mummy-D海外のヒップホップのシーンや動向に関して、知ってなくちゃいけないところもあるんだけど、シカトする力も絶対に必要なんだよね。でもシカトしてるだけでもダメだし、難しいところではあるんだけどね。実際にそれをやっていなくても、そうなってるのは知ってる、というのがないとダメなんだよ。わかったうえでシカトしないとね。

宇多丸さらにそこにプラスして、いま日本のシーンがどういう状況にあるか、とかさ。現状どういう空気で、それを踏まえたうえでどういうスタンスをとるのか。あとはもちろん日本の音楽マーケットのいまの雰囲気はこういうことになっていて、それに対してどのぐらいの距離をとるとか。いろんなファクターがあるわけだよ。

10. The X-Day

Produced by Mr. Drunk

──ヘイトスピーチの台頭が今回のアルバムのテーマに少なからぬ影響を及ぼしているようだけど、この曲はわりとそこから直結してつくられたような印象を受けるかな。“Kids In The Park”もそういう要素は孕んでいるのかもしれないけど、こっちはそれが真っ先にあったというか。

Mummy-Dまさにそうだよ。こんなことを歌おうよっていうのは『ダーティー・サイエンス』のレコーディングの終盤ぐらいから言っていたような気がする。

──Dくんの〈憎しみのデモンストレーション〉とか〈History History どっちもどっち ただのHis-story〉あたりのラインはもろにヘイトスピーチを連想させる。

Mummy-D最初は“世界はそのときひとつになる”ってタイトルにしようかって_話していて、シングルもこのサブジェクトでいきたいぐらいに思っていたんだけどね。結果的にそうはならなかったけど、相当最初から歌いたいと思っていたことではある。

──もはや外敵の襲来がないと人類の一致団結はあり得ない、という思考実験。

Mummy-Dそうそう。それは前から感じていたことなんだけど、ビートたけしさんも同じようなことを言っていたらしいね。意外とみんな考えてることなんだなって思ったんだけど。

──宇多さんのヴァースに〈ビル・プルマンの演説通りその日が人類の独立記念日〉というラインがあるけど、これは『インディペンデンス・デイ』から着想を得ているところもあるわけだよね。

Mummy-Dそうだね。〈まるでいつか観た馬鹿げたHollywood映画のクライマックスシーンのようさ〉っていうのはまさしくそれ。

宇多丸でも、実際に宇宙人が襲撃してきて戦争になってもやっぱりそこで仲間割れすることになると思うけどね。どうアプローチするかみたいなところで。

──そういう気分は〈一致団結に便利な外敵 指差して輪の中にいれば快適 なのに結果はいつも破壊的 この狭い星では前時代的〉あたりに含まれているような。

宇多丸外敵つくって、というのは常套手段だからね。すでに“The X-Day”的なことを_小さい枠でやってるともいえる。脅威じゃないものを指差して脅威だって言ったりさ。そうするとそれがやがて本当に脅威になっていくんだよ。対アジアってそういうことじゃん。前までは敵だなんて思ってなかったのに、明らかに冷戦が終わってさあ困ったぞってことだからさ。

11. Beautiful

Produced by DJ JIN, SWING-O

──まずはトラックの制作経緯を聞かせてほしいんだけど、冒頭の“Beautiful - Intro”のところで聞いた話からすると、これはもともとあったトラックではなくてオーダーメードでつくられたものになるわけだよね。アルバムの核になる曲のトラックであり、アルバムをひとつにつなぐトラックになることがあらかじめわかっていたわけで、それがどうやってつくられていったのかはものすごく興味がある。

DJ JIN制作の終盤になって、総合プロデューサーのDのほうからアルバムのコンセプトにふさわしいトラックがほしいって言われて。そのときにはドリーミーだとか昔のディズニー映画みたいな感じだとか、そういうイメージをもらったのかな。それこそストリングスとかハープとかも入ってくるような、ファンク的なものとはまた違うタイプのトラックだね。で、SWING-Oが最初にそのリクエストを受けてピアノを中心としたベーシックなパターンをつくってきて。それでいろいろと弾いてもらっていったなかで「これだ!」ってフレーズを拾い出して。それを基本にしてつくっていったんだけど、その過程でDのほうからスネアレスだったりパーカッションで引っ張っていく感じだったり、新しい感じに仕上げても全然構わないって勇気の出るひと言をもらえたのが大きかった。ふつうにドラムを重ねて打っていくと、それはそれでハマるんだけどなにか物足りないというかつまらないというか。そんなときにゴーサインが出たことでいまの時代感を入れつつ、ちゃんと新しいものがつくれたんだと思う。

──まさに“Beautiful”というタイトルにふさわしいトラックがバシッときたなっていう。

DJ JINスネアが入っていないところとか、ふわっとした空気感も込みで、いまっぽいアーバンな雰囲気を入れられたかなって。

──今回のアルバムはわりと短くてタイトな曲が多いんだけど、この“Beautiful”だけ時間の使い方が贅沢というか、時間がゆっくり流れてるんだよね。プラス、ア・トライブ・コールド・クエストの“Midnight Marauders Tour Guide”みたいな機械音声が入っているせいもあって、ここだけ異空間的な雰囲気がある。アルバムのなかでぽっかりと浮かび上がってる感じというか。

Mummy-Dオケも素晴らしくて言いたいこともきちっとあったんだけど……オケが素晴らしすぎるからかもしれないけど、これがすごく難しくて。ジンも打ち込みで相当苦労したと思うけどさ。いざやろうとしたらすげぇ難しいんだよ、この曲。変な言葉を乗せちゃうとキレイごとになっちゃうしね。サビなんかはものすごく苦労しちゃって、そういうなかでアンドロイドっぽい声を入れたことによって「お、なんとかなった!」って。あの声はだいぶ後になってから入れたんだけどね。

──そのバランスとは……なんなんだろう?

Mummy-D第三者が出てくることによって、ちょっとだけ曲が客観的/俯瞰的になったのかな。曲調とかも含めて、今回はなるべく新しいものに挑戦していきたいと思っていて。だから、なるべくいままで選んだことのないオケを選んでやっていたつもりなんだけどね。それにしても難しかったよね、いざやってみたら。このぐらいは乗りこなせるんじゃないかって思っていたら、時間がないのに答えにたどり着くまでにめちゃくちゃ悩んじゃって。それでもアルバムの完成図は見えていたから、だったら曲としてちょっと物足りなかったり歪な感じがあったとしてもアルバムのなかのパーツとして聞こえればそれでいいや、みたいな開き直りもあって。それこそケンドリック・ラマーのアルバムが出たあとだったし、曲単体で取り出したときに意味がよくわからない曲になったとしてもそれはそれでいいんだっていうふうに吹っ切れられたから。だからこそ最初のサビでクエスチョンだけしてなにもアンサーしなかったりそういうところは大胆にいけたと思うけどね。

──冒頭でも話していたようにアルバムのまとめとして“Beautiful”をつくることについてはかなり逡巡があったみたいだけど、メッセージを正確に届けるという意味でもまちがいなくつくって正解だったと思うけどな。そのケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』があれだけ多くの人の胸を打ったのも、やっぱり最後に“Mortal Man”っていうわかりやすい〈まとめ〉があったことが大きいと思うんだよね。

Mummy-Dもう悩みすぎちゃってさ、サビ以外はポエトリー・リーディングみたいにしちゃおうかと思ったり。結果的にはラップに落ち着いたんだけどね。

宇多丸単純に次の“人間交差点”をクライマックスにしてカタルシスをもたらすためには、やっぱりその手前で一旦主人公を蹴落としておかないとね。“Still Changing”もそうだけど、どん底まで突き落としてこそカタルシスが開くっていうかさ。手前のところでこのぐらい重くて暗くてグチグチ言ってるような曲があったほうがいいんだよ。

Mummy-Dすげえ迷ってたからさ。細かい直しとか、宇多さんにも相談して〈美しく生きよう 美しくあろうと願い続けよう〉のあいだに〈いや〉を挟んだほうがいいかとか、最後の最後まで悩みまくった(笑)。

──宇多さんの最後のライン、〈甘いと言われようと苦い思いをしようと 理想と「夢」を絶えずアップデート〉は〈美しく生きることとはなんぞや?〉という問いに対するひとつの解答という気もする。

宇多丸前の曲の“The X-Day”がまさにそうなんだけど、フィクションのなかではこうなのに……みたいなニュアンスもうまく全体に落とし込めたんじゃないかな。Dがポエトリー・リーディングって言ってたけど、最初はDみたいにゆっくりしたフロウで行こうかと思ったら、これは言葉を詰め込んでいってもいいんだって思い直してさ。まあ、ポエトリー・リーディングとは言わないけども、そのぐらいの塩梅でもいいかなとは思った。そのへんはDとのやり取りのなかから生まれたところかな。やっぱり今回のアルバムに関しては最初のアプローチがそのまま採用になったということはまずないんだよね。

──できあがった曲の風格がすでにそうだけど、まさに労作大作だったわけだね。

宇多丸最後の最後のピースだからさ。その塩梅は気をつけたくなるよね。

──トラックも含め、ゴールに向けての確固たるヴィジョンが最初から明確にあったうえで曲をつくっていったのはめずらしいケースだよね。

Mummy-Dそうだね。うん、でも計画出産はむずかしいですよ(笑)。計画出産は計画を超えないこともあるからさ。最初のヴィジョンがはっきりしてると事故が起きにくくなるんだよ。

12. 人間交差点

Produced by DJ JIN

──“Still Changing”のところで今回はコンセプチュアルなアルバムだけにリード・トラックがどう配置されてどういう聞こえになるかが楽しみだったという話をしたけども、この“人間交差点”の威力の増し方はちょっとハンパじゃないことになってる。めちゃくちゃドラマティックに響くし、思いっきり魂を鼓舞されるし、人生のセレブレーション的な意味合いすら浮かび上がってくる。

宇多丸いろんな奴らがいろんな勝手なことを言いやがって、そういうのってネガティヴな面もあるのかもしれないけど、なんかこの世がカオスであることは良いことだって思えるように聞こえるよね。もうイントロからしてカオス感があるよ。やっぱりジンのイントロ力はさすがなんだよな。イントロ嗅覚とでもいうのかな、そこはやっぱりDJだよね。

──正直、シングルでリリースされた時点での曲の聞き込みがちょっと甘かったんじゃないかって思っちゃったぐらい。

Mummy-Dいや、それは俺らでも曲にそこまでの機能があるかどうかはわからないんだよ。

──もともとそういうパワーは持ち合わせていたんだろうけどね。

DJ JINやっぱりアルバムの流れの真ん中のここぞってところで出てくるからね。

Mummy-Dこの曲は絶対にうしろじゃないとダメなんだよね。いろんな人間がいて、いろんなことがあって、それを経て辿り着いての“人間交差点”なんだよな。

──このトラックはジンくんとMountain Mocha Killimanjaroとのコラボレーションでつくったわけだけど、方法論的には同じモカキリ参加の“K.U.F.U.”(『マニフェスト』収録)の流れを汲んだものだよね。素材を彼らに弾いてもらって、それをジンくんが再構築するという。

DJ JINそうだね。モカキリはここ数年世界各地でライヴをやっていろんな現場を渡り歩いてきているし、作品もたくさんリリースしてる。俺は俺でバンドのレコーディングをディレクションしたりプロデュースする機会も増えてきて、スキルが深まってきたところがあったからね。お互い確実に成長して幅が広がった部分があるから、そこを楽しみながら作業を進めていった感じだね。でも“K.U.F.U.”のときよりももっとモダンなものをつくろうって意識はすごく強くて。最近は打ち込みの音楽でも生音をうまく混ぜたり、逆に全部生音の演奏なんだけど打ち込みっぽく聞かせたりする曲が多くて、そのへんは狙ったところではあるね。

──もちろん熱さも秘めてるんだけど、それだけじゃないもっとソフィスティケイトされたファンク。

DJ JINアーバン感みたいなところなのかな。そこはバンドのサウンドに慣れていて実験的なこともできるエンジニアの奥田くんに手伝ってもらって。このアルバムのなかでも唯一レコーディングの布陣が違う曲だから。おもしろい機能の仕方になったかなって思ってる。

──ちょっとすごいなって思ったのは、交差点って言わばメルティング・ポットでしょ? そう考えるとレイ・バレットのサンプリングもひとつのメッセージに思えてくるというか必然だったというか。ファニアだったりニューヨーク・サルサなんていうのは、それこそメルティング・ポットの産物といえるわけだからさ。

DJ JINしかもそのサンプリングしてる曲のタイトルが“Together”だからね。

──宇多さんの〈それは神の御業? いや、人の仕業 見えざる知恵が描く凄ワザ〉ってラインもより感動的に聞こえてくるね。

宇多丸“Beautiful”の〈それはきっと神にとっちゃ恰好のコメディショー〉ってラインに対して「いやふざけんな、人間なめんな!」ってメッセージでもあるからね。

──それにしてもここまでのカタルシスが生まれるとは……同じ今年リリースされたコンセプト・アルバムとしてちょくちょくケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』が引き合いに出てるけど、あのアルバムでいうと“i”に当たる感じだね。

宇多丸やっぱりクライマックスを効果的に響かせるためのコンセプト・アルバムづくりっていうのはあるからさ。それが成功してるのはなによりですよ。

Mummy-Dこの曲を書いてる過程でちょうどドラマの出演があって、それで邦画をいっぱい観たりして。そのときにお芝居とか映画の構成とか、そういうところからいろいろとインスピレーションを受けたっていうのはある。関係なさそうな話が最後につながっちゃったりとか、その感じをうまく打ち出したかったんだよね。

──まさに群像劇だね。

Mummy-Dいろいろ逡巡してきたけど〈上がってこう〉みたいなことしか言えなくて、でもそれがなぜかすごくポジティヴに聞こえるのは不思議だよね。

──さっきも言ったけど人生の祝祭感があるよ。最後の〈叫べ ヘイ! ヘイ! ヘイ!〉だけでこんなに高揚させられるとはね。

Mummy-Dジンのトラックには必ず〈決め〉が入っていて、サビを書くときにそれとどう付き合うかがすごくたいへんなんだよ(笑)。

13. サイレント・ナイト

Produced by PUNPEE

──深夜に街を歩いていてマンションの一室にポツンと光が灯っているのを見ると、そのなかではこの曲で歌われているようなことが行われているのかな、なんて思ったりする。

宇多丸あー、がんばってるんだなってね。

──新たな作品が生まれる夜を聖なる夜と重ね合わせた点も含めてこれもまたすごい着眼点の曲だけど、やっぱりトラックからインスパイアされたところが大きい?

Mummy-D完全にトラックだね。こういうトラックは絶対に自分たちじゃつくらないからね。曲調も際どいよ、かなり(笑)。

宇多丸PUNPEEがつけていた仮タイトルは“Last Holiday”だったんだよ。

Mummy-Dキラキラした感じとか、なんかクリスマスっぽいっていうのがあって。しかも“Last Holiday”なんてタイトルだったしさ。そこでなにを歌うかを考えたとき、オフの日のことはどうだろうってなんとなく思ったのが始まりかな。アルバムの流れでいくと、それまではずっとライムスターを続けてきた3人がそれぞれ別のところに帰って行くようなイメージでオフだったりホリデイだったりを歌えないかなって。でも最初はそう思っていたんだけど、ベタベタなお休みの日を歌うよりもその寸前を歌ったほうがおもしろいと思ってさ。

──宇多さんはトラックのワルツのリズムに喚起されてるところが大きいのかもしれないけど、言葉選びが上品というか優雅だよね。〈ソリチュード〉と〈エチュード〉のライミングなんかはその最たる例だけど。

宇多丸これは本当にDが敷いたレールに乗っただけなんだよね。最初にサブジェクトの話をされたときに「わかるわかる!」って感じだったんだけど、寂しいのがいいときもあるんだよね。みんな孤独っていうと悪い方向に考えちゃうけど、“人間交差点”での「カオスもいいじゃん!」と同じように、「ひとりもいいじゃん!」みたいなさ。カオスもひとりも同じことっていうか。

──「たとえキミが出したのがオレとは違うアンサーでも 星の下 似たステップ踊り続けるダンサー またはタフなボクサー この世は残酷さ だが何度打ちのめされようとも懲りずに立っとくさ だから今はただじっと 傷を癒してる そして 胸の奥で火種をまた静かに燃やしてる」とか、このあたりでぐっと射程が広くなる感じもいいよね。同じ空の下にいる同志に思いを馳せるというか、本当に具体的な顔が浮かんでくるよ。

宇多丸俺はよく「孤独が好き」とか「ひとりでいても平気」とかって言ってるけど、それは結局、自分が本当には孤独じゃないってことを知ってるからなんだよな、と思って。誰かに対する絶対な信頼があるからこそなんだよ。逆に、みんながそうやって孤独と上手く付き合えるようになれば、人生ももう少し楽になるんじゃないかとも思いますよ。皆さんちょっと、寂しがり屋すぎだと思うよ(笑)。

14. マイクロフォン

Produced by BACHLOGIC

宇多丸これは言わばエンドクレジットだね。

──態度表明でもあるし、商売道具のマイクロフォンそのものについての歌でもあるし、マイクを握る者の心得みたいなところもある。

宇多丸ラジオパーソナリティーも含めて、意見を表明する人たち全体というかね。俺は本当にマイクで全部つくってそれで食ってるわけだからさ。

──〈言葉のダムダム弾 今日も撃ちまくってる なんたってこれで全部作ってるし食ってる〉ってラインだよね。〈神よこの鉄の棒にBlessを〉で締めくくるDくんの最後のヴァースに関しては、“フットステップス・イン・ザ・ダーク”の〈いずれにせよバトンは握ったままさ〉につながっていくようなとろもあるのかなって思ったり。また頭に戻っていくというか。

Mummy-Dバトンが鉄の棒、つまりマイクロフォンだったということだよね。“マイクロフォン”も“フットステップス〜”も結構早めに書いた曲だからさ。“マイクロフォン”に関してはリード・シングル候補として書いたところもある。〈Yo 時は満ちた 行くぜ再び 波瀾に充ちた 音の船旅〉なんてラインはまさにそれを意識したうえでのことだし。だからこの曲はアルバムでは頭のほうに_置くか、もしくは最後に一回ストーリーがひと段落してから出すしか置き場がなくて。それが結果的にここからもう一回始まるようなちょっとめずらしい聞こえになったんだろうね。

宇多丸“フットステップス〜”の位置に“マイクロフォン”がくる可能性もあったんだよな。ここから“Still Changing”に流れていくのもいいよねって話してたから。

Mummy-D最後を“マイクロフォン”にするか“サインレントナイト”にするか迷ってたんだよ。もちろんこの並びで正解だったと思ってるけど。

──“マイクロフォン”がリード・シングルになる可能性があったわけか。それはそれでアルバムの受け取り方や印象がまた変わってきたかもしれない。

Mummy-Dでもなんでもリード・シングル向けということでつくってたんだよ。“SOMINSAI”だってそう(笑)。

宇多丸レーベル移籍第一弾ということで、ライムスターの王道を往くような方向性の曲も当然考えるわけじゃん。そうすると“マイクロフォン”も全然あり得るんだよ。

Mummy-D最終的には“Still Changing”と比べて新鮮なほうを選んだ感じだね。